ハナ・ア-レント「革命」と「反抗」のちがい

 

ハナ・アーレント 「革命」と「反抗」のちがい


 「説得のため、あるいは問題を劇的に展開してみせるために、市民の反抗者が用いる方法の中で、
彼らを「謀叛人」呼ばわりすることを正当化するものがあるとすれば、それは暴力という方法だけである。
それゆえ市民の反抗として一般に認められるために必要な第二の特徴は非暴力である。
したがって市民の反抗は革命ではない……革命家が既成の権威機構と法制度の一般的正当性を否定するのに対し、
市民の反抗者はこれを「受け入れる」(注/カール・コーエンの言葉らしい。
日本語訳のこの箇所では「」の「 が抜けている。脱字と判断した。)のである。
革命と市民の反抗者との間のこの第二の相違点は一見明瞭のようでありながら、
いざとなると市民の反抗者と犯罪者との間の差異よりも一段と立証しにくいものである。
市民の反抗者は「世の中を変え」たいと思う点では革命家と同じであり、彼が望む変革は相当に思い切ったものであり得る。
たとえば、常に偉大な例として引き合いに出されるガンジーの非暴力手段の場合である。
(ガンジーは英国政府によるインド統治という「既成の権威機構」を受け入れていたのか?
彼は植民地における「法制度の一般的正当性」を尊重していたのか?)
   (ハナ・アーレント「市民の反抗」/『暴力について』〔一九七三年・原題直訳「合衆国の危機」〕邦訳同年・みすず書房 六八~六九頁)

 アーレントの指摘によれば、


 革命家は「既成の権威機構と法制度の一般的正当性」を否定する。
 対して、市民の反抗者はこれを受け入れる。
 というちがいがあり、市民の反抗は、「既成の権威機構と法制度の一般的正当性」の範囲でのみ正当性をもつ、ということになります。