転変論

 
転変論                 〔抜粋資料〕

 「転変というのは、転変説といって数論の教学である。識転変を、数論の転変から如何に区別するかが大切な問題である。数論の転変説は変化ではないかと思う。実体論の立場に立った転変である。転変は実体観の上に立てば外道であるが、無我の上から転変を語るのが仏教であるといえる。」
        (安田理深選集第二巻『唯識三十頌聴記』(一) 五八頁)

 「『成唯識論』によると、転変について二つの解釈が紹介されている。第一の解釈は護法ならびに安慧の義であって、「識体転似二分」。第二の解釈は、「内識転似外境」である。(略)第二の解釈は難陀である。」(同上 五二頁)

 「識体が回転して他のものに似る。他のものに似るが、しかもそれ自体は、やっぱり識である。(略)だから転変ということは、どこまでも変化ということではない。変化なら似の字はつかぬ。識が外境に似て現ずるがそれはそのまま体をおさえれば、内識である。」(同上五二頁)

 「かくのごとく二つの解釈があるのは、根底には識の本質についての見解の相違があるからである。それは『成唯識論』の阿頼耶識の解釈のところで、了という言葉を問題にしているところに、広く識について四分を語っている。
 難陀の考えは、『成唯識論』では二分の考えになる。安慧と護法は、三分、もしくは四分というものを立てる。二分(二分というのは、見分、相分でもって識の構造を考える)の外にさらに自体分を立てる。(略)二分は識が境に似て現ずるということ。(略)これは『摂論』などに唯識の三相を述べている。「唯量、唯二、種々」これを三相という。この中の「唯二」を教証とする。識の二分説が教証として『摂論』をもってくる点から考えると、弥勒に始まって、無著、世親で大成した古唯識の唯識説では、大体二分の考えであったと思う。
 それが自体分を考えるようになった。三分説は陳那論師に始まるといわれている。陳那論師は因明の改革者で、陳那以後を新因明といわれるが、自体分を考えるのは、新唯識といわれるものではないか。二分説は間違いではないが、素朴なのである。唯二というところから二分を立てるが、我々が唯識というときには、「唯量、唯二、種々」を満足して唯識というのである。唯量は無境ということ、また識ではないような外境を否定している。外境はただ考えたものだ。ただ内識のみあり。それが唯量である。
 ところがそこに疑難が出る。それなら我々の経験の上に境があるが、どうかと。それに答えて唯二という。識が外境に似るのだという、外境に似る構造が二分。」
                             (同上五二~五三頁)
  (私注) 無境を「唯量」という表現で『摂論』が述べているという。外境というものがあるのではない。どこまでも内識である。しかしこれは、識の外に何も無いということを意味するのではないはずである。識の外には何かがある。しかし、外境として現れるのは、どこまでも識の転変である。識はただ自らの転変した相のみを意識することができる。推し量り、捉えることができる。こういうことを意味しているのが「唯量」ではないか。
 

依他起性

 「仏教ではものごとに固有の実体があるという考えを認めないと書きましたが、たとえば、木なら木があるとしても、仏教ではそれだけでは木があることにはならないのです。わたしならわたしという人間がその木を対象として認識して、はじめてそこに木があることになるわけです。
 ですから、ものは見るものと、見られるものとの二つがあって、はじめてあるということなので、わたしという主体と木という客体の関係が成立することで、木が存在するといえるのだということです。」(秋山さと子『悟りの分析』PHP文庫 二八頁)

 「あらゆるものが相対的な関係の中で成立しているのであって、それ自体では存在しない、それが依って成立しているという縁起の考えです。」(同上二八頁)