高明寺レポート
1.原始・初期仏教の戒律
1.原始・初期仏教の戒律
お釈迦さまの時代の仏教教団、またその後につづく初期の仏教教団にも、戒や律があり、
戒律に違反すれば懲戒を受けたり、追放されたりする規定がありました。
戒律に違反すれば懲戒を受けたり、追放されたりする規定がありました。
「戒律とは仏教信者、特にその修行者、伝道者に対して、悪行為、不相応、不如法なる行為を避けしめるために、
仏によって制定された禁止的規律をいうのである。(……)
倫理的立場よりの邪悪を禁ずるもののみならず、禁欲的立場より制定されたもの、
及び教団の統制秩序維持の必要上より制せられたものもあるが、全体として禁欲的修行的なものであることは勿論である。」
(上田天瑞『戒律の思想と歴史』密教文化研究所〔昭和五一年/一九七六年〕五頁)
「元来、仏道修行の要は戒律を守って罪過を離れ、身心を清浄にし、禅定を修して心を定め、
清浄なる叡知を養い、世界人生の実相を達観し、煩悩を断尽することにある。」
(上田天瑞『戒律の思想と歴史』密教文化研究所〔昭和五一年/一九七六年〕五~六頁)
「大乗仏教の一流には、戒律の本質としての信念(注*「戒律の根本は仏教精神そのものであり、
仏教の信念を把握することが戒の本質であって、(……)仏教の根本信念に立つということであり、
道念を把握することであって、個々の形式的規律のごときは末である」等々)を強調するあまり、
廃悪修善の外的形式的規矩を全く放棄しようとするがごときものもあるが、正統派の大乗者は
(……)眷々翼々として形式的戒律を守ろうとしたのである。」
(上田天瑞『戒律の思想と歴史』密教文化研究所〔昭和五一年/一九七六年〕七頁)
「戒律の条文規則は五十八戒といい、二百五十戒といい、乃至三千の威儀八万の細行といわれる」
(上田天瑞『戒律の思想と歴史』密教文化研究所〔昭和五一年/一九七六年〕七頁)
「小乗戒として最も完全なものは比丘、比丘尼の具足戒といわれるものである。これは一人前の出家、
すなわち二十歳以上に達した出家の受持すべき戒で、これによって比丘、比丘尼は教団の正員となることができるのである。」
(上田天瑞『戒律の思想と歴史』密教文化研究所〔昭和五一年/一九七六年〕八頁)
この具足戒は普通二百五十戒といわれるように、比丘戒に二百五十条(パーリ律には二百二十七条)、
比丘尼戒に三百四十八条(パーリ律三百十一条)がある。そして、その内容が罪の軽重によって次の八類に分けられている。」
(上田天瑞『戒律の思想と歴史』密教文化研究所〔昭和五一年/一九七六年〕八頁)
「第一類は波羅夷(はらい/パーラージカ)といい、断頭あるいは被他所勝と訳されているように、
世間の法律でいえば死刑に相当するものであって、この罪を犯したものは教団より放逐され、比丘としての資格を失うのである。」
(上田天瑞『戒律の思想と歴史』密教文化研究所〔昭和五一年/一九七六年〕八頁)
「波羅夷(はらい/パーラージカ)というのは、「打ち破られたる」、「敗北に陥れる」という意味で、
これに婬欲、竊盗、殺人、妄語の四カ条がある。」
(上田天瑞『戒律の思想と歴史』密教文化研究所〔昭和五一年/一九七六年〕九頁)
「盗戒は五マーサカ以上を盗んだ者を波羅夷罪とするのであるが、
この五マーサカは当時のインドの銭貨で、パンチャ・マーサカを訳したものである。
これが果たして今日の金銭でいくらに当たるかは難しい問題であるが一円前後ではないかと思われる。
とにかく、この五マーサカ以上のものを盗んだのを波羅夷罪としたのは、当時のマガダ国の法律において、
五マーサカ以上の竊盗を死罪としたのによるのである。」
(上田天瑞『戒律の思想と歴史』密教文化研究所〔昭和五一年/一九七六年〕九頁)
「第三の殺人は特に説明の必要がない。(*人に命じて殺させた時、自殺をすすめた時、堕胎も波羅夷罪となる)」
(上田天瑞『戒律の思想と歴史』密教文化研究所〔昭和五一年/一九七六年〕九頁)
「以上の婬・盗・殺・妄の四カ条が仏教の戒律において最も重罪の波羅夷罪であるが、
「殺すなかれ」、「盗むなかれ」、「姦婬を行うなかれ」、「偽りを言うなかれ」は、社会の存するところ何処にも存すべき条理であって、
この規範なくして社会の秩序は保ち得ない。故にこの四つはキリスト教においても戒律の根本である。
また後に述べるようにインドにおいて諸宗諸派に五戒が説かれているが、ほとんどすべての五戒にこの婬盗殺妄が含まれている。」
(上田天瑞『戒律の思想と歴史』密教文化研究所〔昭和五一年/一九七六年〕九~一〇頁)
『寺問興隆』二〇〇九年五月号「編集後記」
「早い話、そもそも僧侶は、人を裁く者であり、裁かれる者であるという視点だ。無論、人といっても、僧侶が僧侶に対してだ。」
(『寺問興隆』二〇〇九年五月号「編集後記」)
「戒律を破れば相当の罰が下される。いわんやそれが
波羅夷(はらい/婬戒・盗戒・絶人命戒・大妄語戒)なら教団永久追放、僧籍永久剥奪。その他、
併せて二百五十戒(女性は三百四十八戒)、すなわち波羅提木叉(はらだいもくしゃ)についてそれぞれ罰則が定められている。」
(『寺問興隆』二〇〇九年五月号「編集後記」)
「半月に一度(新月と満月の日)、定められた地域にいる僧侶は一同に会し、その波羅提木叉(はらだいもくしゃ)を読み上げ、
自ら告白したり、また他の僧侶より指摘され、僧伽(さんが)に裁かれる布薩会(ふさつえ)が上座部の僧伽では行われている。
(……)つまり半月ごとに裁判が行われるわけだ。」(『寺問興隆』二〇〇九年五月号「編集後記」)
「もとより教団を正しく維持し、世間から好感をもって迎えられるためである。在家の五戒や八斎戒にはそうした罰則はないが、
教団の教えに対する態度は常に正邪が量られているといえる。
これが今日の世俗の裁判員制度を考えるヒントになるかどうかはともかく、
やはり人は人を裁かねばならないときが必ずあるというのは僧俗変わりなく、避けては通れない。」
(『寺問興隆』二〇〇九年五月号「編集後記」)
「当局に逮捕されても宗門は何ら裁かず、また起訴されても、また有罪とされても確定しない限り
住職でいられるというケースがあるが、これでは在家の信用云々以前。世俗の人権を気にするより
僧侶たる波羅提木叉(はらだいもくしゃ)を見れば教団は事足りるはずだと裁判員制度にちなんで思料するところです。」
(『寺問興隆』二〇〇九年五月号「編集後記」)