大乗仏教の戒律

 
2.大乗仏教の戒律
 
 さきに原始・初期仏教における戒律をみましたが、大乗仏教になっても、やはり戒律が存在します。「大乗戒」といいます。

 「大乗戒として、小乗戒と別立して説く律書は梵網経、瓔珞経および瑜伽論等である。前二者は同一の戒を説くもので、
大乗戒としては普通梵網経が用いられ、梵網戒は大乗戒の別名とせられている。
この梵網戒は、小乗戒のごとく比丘の戒に非ずして、大乗菩薩の戒なるが故にこれを菩薩戒という。」
(上田天瑞『戒律の思想と歴史』密教文化研究所〔昭和五一年/一九七六年〕二六一頁)

 「その戒条はいわゆる十重四十八軽の五十八カ条に過ぎない。(……)
小乗戒が禁止的条項のみなるに対して大乗戒は多くは為さざることを罪とするのである。」
(上田天瑞『戒律の思想と歴史』密教文化研究所〔昭和五一年/一九七六年〕二六二頁)

「梵網経に説く十重四十八軽戒の名目をあげれば次のごとくである。」

●十重禁戒    *「」中は、戒むるべき内容を示す。
 1.快意(けい)殺生戒  「いたずらに一切の生命ある者を殺害する」
 2.劫盗人物戒  「他人のものを盗む」
 3.無慈行欲戒  「慈悲心なく婬欲を行ずる」
 4.故心妄語戒  「わざと妄語する」
 5.酉古(こ)酒生罪戒 「酒を酉古(つく)る」
 6.談他過失戒  「他人の過を語る」
 7.自讃毀他戒  「われを讃め他人をそしる」
 8.慳生毀辱戒  「慳(ものおし)んで求める人に恥を与える」
 9.瞋不受謝戒  「立腹して人の謝りを受けない」
10.毀謗三宝戒  「三宝を謗る」

●四十八軽戒
 いちいちをあげませんが、例えば次のようなものがあります。

 罪をおかした人に懺悔をすすめないこと。
 今で言えば「名誉毀損」にあたる、根拠なく人を誹謗すること。
 今で言えば「保護責任者遺棄」にあたるような、病いの人を助けないで放置すること。
*参考 (上田天瑞『戒律の思想と歴史』密教文化研究所〔昭和五一年/一九七六年〕二六五頁)

十善戒(十善業)
   この反対を十悪(十悪業道)などと言う。
「戒」梵語でシーラ。習慣づけること。非を防ぎ、悪を止めることをいう。
           在家・出家に通じて、釈尊が勧める生活習慣。

「律」梵語でヴィナヤ。調伏・滅などと訳す。出家教団の掟。罰則の規定がある。

身業

一.不 殺生
二.不 偸盗(不與取・ふよしゅ/与えざるを取る)
三.不 邪婬(欲邪行/正常な夫婦関係以外は認められている)

口業

四.不 妄語(虚誑語・こきょうご*久万寿師による/いつわり)
五.不 綺語(雑穢語・ぞうえご)         
六.不 悪口(麁悪語・そあくご/汚いののしり言葉)
七.不 両舌(離間語・りけんご/人の仲を割くような言葉。
                それぞれの前で相手の悪口を言う。)

意業

八.不 貪欲(慳貪) 欲張り・ものおしみ(けち)          
九.不 瞋恚(嫉妬)
十.不 邪見(愚痴)

                      法蔵館『仏教学辞典』

五戒

 在家の信者(男女を問わず)が守るべき戒。

一.不 殺生
二.不 偸盗(不與取・ふよしゅ/与えざるを取る)
三.不 邪婬(欲邪行)         正常な夫婦関係以外は認められている。
四.不 妄語(虚誑語・こきょうご*久万寿師による/いつわり) 嘘をつかない。
                           
                   *ここまでは十善戒と同じ。これを四重禁戒という。

       これを犯した罪は重い。


 仏がその戒を制定せられなくでも本来的な性質として罪悪であるもの(すなわち性罪・しょうざい)を性戒(しょうかい)といい、
とくに上の四つを四重禁戒という。これを犯した罪は重い。

五.不 飲酒(おんじゅ)
      *この不飲酒戒は「遮戒」といわれ、本来罪悪ではないが、世間のそしりを避け、
あるいは他の罪を誘発させないために、「つつしむように」といわれるもの。

                      法蔵館『仏教学辞典』
 
 以上のように、大乗仏教においても、「罰を与えること」と「赦しを与えること」という意味での「裁くこと」は、行われていました。
またその前提には、何を罪(罪悪)とするか、ということがあります。つまり、仏教における「罪悪」の観念です。
 これは大事なことですから、後でまたとりあげる予定ですが、仏教には「罪悪」(あるいは「善悪」)の観念があるということ。
それを確認した上で、ではなぜ、少なくないお坊さんたちが
「仏教は裁かない」と考えているのかという、問題をたずねていくことにしましょう。