二つの浄土

 
法話『二つの浄土』
 
一、浄土にいつ生まれるのか
   お西(西本願寺派)とお東(大谷派)の対立

二、二つの浄土
  曽我量深・金子大栄両師の浄土観

三、親鸞の往生観
   現生往生と死後往生が、矛盾せずに共存している。
   親鸞聖人の中に、曽我先生と金子先生のお二人が同居しているかの感がある。

結論
 <帰るべき浄土>と<根拠地としての浄土>
 二つの浄土が求められている。どちらが正しくてどちらが間違っているというのではない。
 
 
浄土にいつ生まれるのか
 
 浄土仏教の教えは、わたしたちを浄土に生まれしめん、阿弥陀仏の浄土に迎えとらんという教え、すなわち往生浄土の教えです。これが浄土仏教の救いの基本的な構想であります。
 では、わたしたちはいつ浄土に生まれるのか、という問題について、二つのきわだって相違してみえる考え方、正反対ともいえる説がとなえられています。
 そのもっとも端的なあらわれが、東西両本願寺を代表とする浄土真宗の中でたてられている、二つの見解です。
 
 
 
  お西とお東の相違

 1990年(平成2年)、浄土真宗本願寺派(お西)は、前年に出た『岩波仏教辞典』の記述に「不適当かつ誤った表現」がなされているとして、岩波書店に訂正の申入れをしました。まずその内容をみてみることにしましょう。本願寺派の指摘によると、親鸞聖人の主著である『教行信証』の項目で「この世での往生成仏を説いた」とあるけれど、親鸞は「命終わって浄土に往生して直ちに成仏する」と説いているのであり、現世で成仏する、というのは明らかな誤り。また『親鸞』の項目で「他力(阿弥陀仏の力)信心による現世での往生を説き」とあるけれど、親鸞は現世での往生を認めていないとする学者が多い、一方の説のみを記述するのは不適当だ、というものです。
 この辞典の編集者である中村元さんによると、新聞にこのことが記事になって出ると、岩波書店編集部にいくつも電話がかかってきたそうです。
 「それらの大方は次の二つの特徴があった。
  〔i〕本願寺派からの申入れに屈してはならぬ。辞典の記事を書き改めてはならぬ、というのである。
  〔ii〕電話をかけて来られた人々は、殆どすべて浄土真宗大谷派(東本願寺)に属する方々であった。
  ここに二つの正反対の意見に直面することになったわけである。」(*出典は『東邦』誌。いただいたコピーに記載がないため、年月日は不明。)
 
 『岩波仏教辞典』は、現在では改訂されている。第二版(二〇〇二年)の〔親鸞〕の項では、「他力信心による現世での往生を説き」の部分は、たんに「他力信心による往生を説き」に改められ、次のようなただし書きが加えられています。
 「浄土真宗諸派の間では親鸞解釈に関して相違があり、たとえば往生・成仏思想について、浄土真宗本願寺派や高田派の教義では、命終わって浄土に往生し、ただちに成仏すると説くが、真宗大谷派では、信心決定後の生活が往生であり、その帰着点が成仏であると説く。」                                    
 
二つの浄土〔曽我・金子両師の浄土観〕
 
 両師の講話

 曽我量深先生と金子大栄先生が、共に『往生と成仏』という講題でお話しされた講話の記録が、法蔵館から『往生と成仏』というそのままの題名で出版されています。
 この講話は、もともとは岡崎教区の真宗講座において、昭和四十二年(一九六七)六月に第一回として曽我先生を、翌昭和四十三年(一九六八)六月に第二回として金子先生をお招きして行われたものです。その記録を岡崎教区がまとめて一冊にしたものがありました。その再版を熱望する声が日増しに高まるのに応えて、昭和五十九年(一九八四)、十五年の歳月を経て、法蔵館から再刊されたものです。
 その「あとがき」にある、当時の岡崎教務所長・西道了恵氏のことばを引いてみます。

「現在の教化の任にある人自身、一人一人が共に研修の道を歩むとき、実に多くの諸問題のあることを覚えるものでありますが「往生と成仏」の問題も其の基本的なものとして提起せられる一つであります。仏教に於いて本来「成仏」は最終の極果であり、「往生」は成仏すべき過程に於いて名づけられるもので唯一の極果ではないはずであります。こうした見方から祖師も亦三往生の義を立てられたものでありましょう。併(しか)し「往生即成仏」という教義は宗学の上に於いては不動のものである以上、ここに幾多の解明すべき問題を包含しているのであります。以上の如き理由により教区に於いては、昭和四十一年度第一回真宗講座に於いては曽我量深先生を聘(へい)して「往生と成仏」の問題の御教示を願い、更に翌四十二年度に於いては金子大栄先生に重ねて同一の問題「往生と成仏」について御教示をいただいた次第であります。」
  (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館あとがき・西道了恵/一九二頁)

 ここにでてくる「三往生の義」については、後に述べたいと思いますが、以上のような経緯で、曽我・金子両師の講話が同じ題名、同じテーマで行われたわけです。そこに、曽我・金子両師において、いわば対照的な「往生観」あるいは「浄土観」が披瀝されていることに、注目したいと思うのです。
 

 曽我量深師の浄土(往生)観 抜粋 (一)
 
成仏のための往生
「しかるに阿弥陀如来の本願は現生において往生の道をひらいた。いのち終わる時に往生するならば何の本願であるか。そんな本願は意味がない。本願真実とは何ぞや。一切衆生、どのような罪悪深重の我等如き者でも、成仏できる。成仏のために往生の道をおたてなされたのが、すなわち阿弥陀如来の本願の意義であります。かくの如く考えるならば、往生は未来ではなく、現在である。これは間違いないのであります。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・三〇頁)
 
往生したことが助かったこと
「往生を抜きにしてお助けがあるというというような説教が古来行われてきました。そういうわけのわからぬ説教を聞いて、涙を流している気の毒なお同行達がおられます。お同行達が悪いのではなく、説教者が悪い。つまりお助けを得たというのは往生を遂げたということでしょう。摂取の心光におさめとられたということは、往生をさせて頂いたといういうことでしょう。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・三四~三五頁)
 
往生の予約ではない
「信の一念に往生は定まるということは、往生を予約したということではありません。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・三五頁)
 
 曽我量深師の浄土(往生)観 抜粋 (二)
 
浄土は心をひらく
「念仏往生の本願によって浄土を開いて下された、浄土というものをどこかにつくって下さって、そこへ往くというものでなく、私どもの心の中に浄土を開いて下さった。浄土は私どもの心の中に、あるいは、心をひらくのが浄土であるともいえます。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・一八頁)

往生は心にある
「往生は心にある。往生によって我々の心に無限の世界を与えてくださる。無限の世界は光明の世界、光明遍照十方世界、すなわち安楽浄土でありましょう。われらの心の中に安楽浄土としてひらいてくださる、すなわち如来のお助けということでしょう。また同時に往生ということであります。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・三五頁)

清沢先生の精神世界
「清沢満之先生の精神主義の立場でいわれる精神世界ということが、観無量寿経に教えているところの安楽浄土でありましょう。清沢先生は、浄土はすなわち心の世界であると教えられました。我らの心の中に無限光明の世界を開いてくだされた、それを往生というのでありましょう。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・三六頁)

往生は心にあり、成仏は身にある
「往生と成仏ということは、「往生は心にあり、成仏は身にある」と私は了解しているものであります。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・二〇頁)
 
 
  金子大栄師の浄土(往生)観 抜粋 (一)
 
浄土を慕う感情

「浄土を思慕する、それは浄土に憧れ、憧憬し、浄土を慕うことですが、この思慕する心持が我々にあるのです。その場合には後の世という言葉が一つのひびきをもっているのです。後の世のために、次の世のためにと、梵語の辞書にも次の世のためにという言葉があるから、きっと印度の人々も、次の世という言葉にある親しみを覚えていたにちがいないと思うのであります。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・一六六頁)

人間生活の懺悔
「願わくは、この身の後の世のためにという、その後の世のためにとは、生まれ変わったならばという心であり、それこそ、実は深い人間生活の懺悔を表しているのではないか。(中略)願わくは後の世のためにという言葉によってのみ、人間生活の全体を懺悔してゆくところの光がかがやいてくるのではないか。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・一六八頁)
 

  金子大栄師の浄土(往生)観 抜粋 (二)
 
現在安住の根拠
「かくて来世の往生、それが現在安住の根拠になるのではないでしょうか。未来往生を拒否しては現在安住がなく、未来往生という立場に立って、はじめて現在安住というものが感じられてくるのであるといいたいのです。法然上人のお言葉にもあるように、それまでは往生ということは来世であります。宗祖聖人に至ってはじめて、現生不退になったのだということは、真宗教学において繰り返されていることでありますが、今まで来世往生といったことを拒否し、否定して現生不退というのではなく、むしろ逆に、来世の往生ということがあってはじめてそこに現生不退が成り立つのであります。未来往生という時間的な、永遠の場ができなければ、現生不退ということもでてこないでしょうし、又現在安住ということもでてこないでしょう。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・一七三頁)
 
 
 
 
親鸞聖人の往生観
 
 
 
 親鸞聖人の往生観は、『教行信証』や晩年の『かな聖教』などにおいて、厳密な論として立てられている場合には、ほぼ明確に「現生往生」説といえる。「ほぼ明確に」というのは、一部に、両義的解釈の余地を残す文もあるからだが、全体として言えばかなり明確な表現がなされている。
 しかし一方で、『御消息集』などのお手紙類や、御和讃には、死後の往生を認めておられるような表現も見受けられる。また『歎異抄』に記述される聖人のお言葉の中にも、「死後(後生)往生」をゆるすかのような表現が散見される。
 
 
 
 

一、「現生往生」を説く文
 
「即得往生」について
 
 『唯信鈔文意』

 「『大経』には、「願生彼国 即得往生 住不退転」とのたまえり。「願生彼国」は、かのくににうまれんとねがえとなり。「即得往生」は、信心をうればすなわち往生すという。すなわち往生すというは、不退転に住するをいう。不退転に住すというは、すなわち正定聚のくらいにさだまるとのたまう御みりなり。これを「即得往生」とはもうすなり。「即」は、すなわちという。すなわちというは、ときをへず、日をへだてぬをいうなり。」              (『真宗聖典』東本願寺・五四九~五五〇頁)
 
 親鸞聖人はここで、「「即」は、すなわちという。すなわちというは、ときをへず、日をへだてぬをいうなり」とはっきり示されています。お西の教学で「即」にも「やがて」という意味の「異時即」があるといい、『大経』のこの「即」は異時即だという解釈があるのですが、それは誤りであることが、この文によって明白に知られるのです。
 
 

 『一念多念文意』
 
 「「即得往生」というは、「即」は、すなわちという、ときをへず、日をもへだてぬなり。また即は、つくという。そのくらいにさだまりつくということばなり。「得」は、うべきことをえたりという。真実信心をうれば、すなわち、無碍光仏の御こころのうちに摂取して、すてたまわざるなり。「摂」は、おさめたまう、「取」は、むかえとると、もうすなり。おさめとりたまうとき、すなわち、とき・日をもへだてず、正定聚のくらいにつきさだまるを、往生をうとはのたまえるなり。」
         (『一念多念文意』『真宗聖典』東本願寺・五三五頁)

「この二尊の御のりをみたてまつるに、すなわち往生すとのたまえるは、正定聚のくらいにさだまるを、不退転に住すとはのたまえるなり。このくらいにさだまりぬれば、かならず無上大涅槃にいたるべき身となるがゆえに、等正覚をなるともとき、阿毘抜致(あびばっち)にいたるとも、阿惟越致(あゆいおっち)にいたるとも、ときたまう。即時入必定とももうすなり。この真実信楽は、他力横超の金剛心なり。」
         (『一念多念文意』『真宗聖典』東本願寺・五三六頁)

「「即」は、すなわちという。                          

         (『一念多念文意』『真宗聖典』東本願寺・五四四頁)
 

西本願寺教学における「即得往生」の理解
 
 異時即を言うお西の教学については、次のような資料があります。

(一)「本願寺派 龍谷大学講師(岐阜教育大学教授)の山田行雄氏を講師とする聖典学習会「教行信証の会」が、(中略)行われ、三十人余りが参加した。同会は僧侶を胎生とした学習会で、毎月一回開かれ、既に十回を越えたが、「きっちりして、なおかつ判り易い講義」と評判。山田氏は『真宗聖教全書』をテキストにして、重要な部分では一つ一つ出典個所を受講者に確認させながら講義を進めている。
 今回は「行一念釈」の講義のほか、宗門が記述に問題があるとして岩波書店に申し入れをした『岩波仏教辞典』の問題箇所についても取り上げた問題の記述は、同辞典の親鸞の項目中の「他力信心による現世での往生を説き……」の部分で、いわゆる「即得往生」の問題。
 講師の山田氏は、「即」の字義について、「同時即」と「異時即」の区別があると紹介し、「往生即成仏」の場合の「即」は「同時即」、大経の本願成就文の「即得往生」は「異時即」であるとした。
 「このように経文では、即得往生が異時即で語られているが、宗祖は同時即で解釈されようとしたところに、このような即得往生の意味の混乱がある」とし、「真宗においては、基本的には往生ということを『彼土往生』とする。つまり往生即成仏ということである。正定聚が現世であるとしたところに親鸞聖人の教学の特色があるが、聖人が往生を現世で語るのは、自力がすたって他力に帰す、という信一念において前後を分かつ場合のみであり、信益同時をあらわすのであって、この世で往生するといわれているのではない。」と説明した。」(『中外日報』平成二年十月十日「広島・本願寺派」の欄の記事)

 *中村元『極楽浄土にいつ生まれるのか?』『岩波仏教辞典』に対する西本願寺派からの訂正申し入れをめぐっての論争(『東邦』誌 バックナンバー不明)二一〇頁からの引用。
 
 山田氏は、宗祖が「即得往生」を同時即で解釈したことは認めながらも、大経の本願成就文の「即得往生」はほんとうは「異時即」であって、「同時即」で理解した宗祖の解釈がまちがっているのだ、というわけです。
 宗祖の解釈を批判し乗り越えて、あらたな真宗教学をつくりだすという試みは一概に否定されるべきではありませんが、宗祖ご自身が「即得往生」を「同時即」で解釈されていること。また「即」の字について「同時即」と「異時即」の二義があるとは仰せられていないように思います。
 
 『愚禿鈔』(一)

「本願を信受するは、前念命終なり。〔「すなわち正定聚の数に入る」(論註)文。「即の時必定に入る」(十住論)文。「また必定の菩薩と名づくるなり」(十住論意)文。

 即得往生は、後念即生なり。
 他力金剛心なり、知るべし。         」
            (『愚禿鈔』(上)『真宗聖典』東本願寺・430頁)
 
難思議往生すなわち真の報土

 また二種の往生あり。
  一は即往生、二は便往生なり。
ひそかに『観経』の三心(さんじん)往生を案ずれば、これすなわち諸機自力各別の三心(さんじん)なり、『大経』の三信に帰せしめんがためなり、諸機を勧誘して三信に通入せしめんと欲うなり。
三信とは、これすなわち金剛の真心・不可思議の信海なり。
また即往生とは、これすなわち難思議往生、真の報土なり。
便往生とは、すなわちこれ諸機各別の業因果成(ごういんかじょう)の土なり。
胎宮・辺地・懈慢界、双樹林下往生なり、また難思往生なりと、知るべしと。
            (『愚禿鈔』(下)『真宗聖典』東本願寺・458頁)
 
 

『入出二門偈』(一)

「往生」は動的な道

「菩薩は五種の門を入出して、自利利他の行、成就したまえり。不可思議兆歳劫に、漸次(ぜんじ)に五種の門を成就したまえり。」
            (『入出二門偈』『真宗聖典』東本願寺・四六一頁)

  礼拝門

 「何等をか名づけて五念門とすると。礼(らい)と讃と作願(さがん)と観察と回(え)となり。いかんが礼拝する、身業に礼したまいき。阿弥陀仏正遍知、もろもろの群生を善巧方便して、安楽国に生ぜん意(こころ)をなさしめたまうがゆえなり。すなわちこれを第一門に入ると名づく、またこれを名づけて近門(ごんもん)に入るとす。」   
 浄土への道、すなわち往生の道において、まず入るべき門が「礼拝」です。菩薩の礼拝行を、この身にたまわる。

 その後に出てくる第五門のところで、聖人はこう言われています。
「かの土に生じ已(おわ)りて速疾に、奢摩他(しゃまた)・毘婆舎那(びばしゃな)  巧方便力(ぎょうほうべんりき)成就を得已りて、生死園(しょうじおん)煩悩林(ぼんのうりん)に入りて、応化身(おうけしん)を示し神通(じんずう)に遊びて、教化地(きょうけじ)に至りて群生(ぐんじょう)を利したまう。」
            (『入出二門偈』『真宗聖典』東本願寺・四六一頁)

「かの土に生じ已(おわ)りて」という言葉から、「往生」ということが固定的・静止的に考えられているのでなく、「往生していく」という動的な道として了解しておられることがうかがわれます。そうすると、「往生した」ということは実は「往生の道が始まった」ということなのでしょう。
 
『入出二門偈』(二)
 
☆「往生」の始まり

 その往生の道が始まるのが、礼拝の成就。

 『燃灯仏授記』というジャータカ(仏の前生譚)に出てくる、如来に身を投げだすメーガの心。信心決定ということでしょう。

如来に身を投げだす者 〔燃灯仏授記〕

「『燃灯仏授記』物語はジャータカの一種でもあり、また仏伝文学の発端ともなった物語と考えられている。
 
 遠い過去世において、ゴータマ・ブッダはメーガ(スメーダ、あるいはスマティ)と呼ばれる青年であった。彼はディーパンカラ(燃灯)仏を見て、五茎の(蓮の・三木注)花を捧げ、髪を泥土の上に敷いてその上を仏陀に歩ませ、自分も未来に必ず一切知を得て仏陀になろうという誓願を起こした。これに対してディーパンカラ仏は、汝は未来においてシャーキャ・ムニと名づける仏陀になるであろう、という予言を与えた。

 この物語は前二世紀に発生したものであろうが、「ボーディサットヴァ」(ボサツ、菩薩)という言葉と思想の起源をなすものとして注目される。この物語で予言を得たメーガは、「ブッダたることに決定した有情(意識ある生きもの)」(これが「正定聚」の本来の意味三木)となり、その後、一切知を得てブッダとなるための修行に励む。おそらく、この物語を契機として、「ブッダのさとりを求める有情」という「ボーディサットヴァ」という言葉と思想が生まれたのであろう。」
    (梶山雄一『さとりと廻向』人文書院・153頁)

 このメーガの姿こそが、真実信心の姿でしょう。

 全身全霊を投げ出す、五体投地です。なにも、実際にそういう恰好をしなければいけないというのでなくて、心の五体投地です。それが言葉になっているのが「南無阿弥陀仏」の名号です。「ただ念仏もうせ」というのは、南無阿弥陀仏になっている如来の至心、五体投地してくださっている菩薩の真心をうけとれ、ということでしょう。その真心を受け取る。それが真実信心であるかどうかは、その内容の純化にある。たとえ五体投地をしてもご利益を求めているような、そういう我々の心がありますから、その心がかぎりなく純化されていく。それが聞法・修行の道になるわけです。浄土真宗の修行は実人生ですから。実人生が、かぎりなく信心が純化されていく道場になる。それを往生という。往生の道がそこからはじめて始まるんです。
 

菩薩と正定聚

 『燃灯仏授記』物語に出てくるメーガは、如来の前に身を投げだしたんです。それ故に、「ブッダたることに決定した者」すなわら「正定聚」になったんです。

 「信心決定すれば、即ち往生を得」と親鸞聖人がいわれるのも、おなじ心だと思います。
 真実を求める、故に、必ず仏となる。これが菩薩であり、正定聚ということ。真実を求める者とは、如来に身を投げだす者のことです。

 ところが、いつの間にか、如来に身を投げだす、ということが忘れられてしまった。それを自力というのでしょう。
 菩薩は、その誕生の始めから、信心から生まれているんです。その信心の心を、あらためて明らかにされたのが、浄土の祖師方なのでしょう。

 親鸞聖人は、信心決定の時に「正定聚の位を得る」と言われます。それはこの物語においてメーガが如来の授記をうけた、そのことと等しいのでしょう。ということは、菩薩と正定聚は、本来は同じ意味だったということです。
 真実を求める人を菩薩という。その中で、如来の前に身を投げ出したメーガの心、その心と同じ心で真実を求める人。
 その人を必定の菩薩というわけです。
 
必定の菩薩

  また「西岸上に人ありて喚ぼうて言わく汝一心正念にして直ちに来たれ、我よく護らん」というは、
  「西岸上に人ありて喚ぼうて言わく」というは、阿弥陀如来の誓願なり。
  「汝」の言は行者なり、これすなわち必定の菩薩と名づく、龍樹大士(りゅうじゅ・だいじ)の『十住毘婆沙論』に曰く「即時入必定」となり。曇鸞菩薩(どんらん・ぼさつ)の『論』には「入正定聚之数」と曰(い)えり。善導和尚(ぜんどう・かしょう)は「希有人なり・最勝人なり・妙好人なり・好人なり・上上人なり」・「真の仏弟子なり」と言えり。       (『愚禿鈔』(下)『真宗聖典』東本願寺・四五五頁)

 必定の菩薩が、すなわち正定聚ともいわれる。

親鸞聖人における菩薩

 親鸞聖人における菩薩は、凡夫のままの菩薩です。
 如来に身を投げだす者これが大乗の菩薩ですが、親鸞聖人は「ただ信心」において、大乗の菩薩の魂を回復したのです。その信心を、念仏によって頂戴する。如来よりたまわりたる信心として明らかにしてくださった。
 そしてさらに、大乗の菩薩の魂を掘り下げて、菩薩の歩む道は、他と比較して偉い人になる道ではない、どこまでも迷える衆生の一人としてのつまり凡夫としての菩薩道だと。凡夫が聖者になっていく菩薩道ではなく、どこまでも凡夫が凡夫の身を失わない、凡夫の身にたまわる菩薩道だと。
 
 

浄土に生まれたが故に、そこから終わりのない往生の道が始まる

 つまり、私たちは「来たれ、生まれよ」という呼び声を聞いて、その声を信じる。その声に身をまかせる。その時に「即得往生」。往生を得たといっていい。しかしそれは「往生の道が始まった」ということ。「往生の道が始まった」ということは、すでに浄土に生まれたということ。浄土に生まれたが故に、そこから終わりのない往生の道が始まるんでしょう。

 それを親鸞聖人は、「信心をえたる人はかならず正定聚の位に住する」(『御消息集(善性本)〔5〕正嘉元年丁巳(ひのとみ)十月十日 性信御房への手紙/『真宗聖典』東本願寺・五九一頁)といわれるのでしょう。

 ですから正定聚というのは、「必ず仏と成る人」のことです。
 必ず大涅槃を証する人。必至滅度の人のことです。
 現在只今、浄土に生まれたが故に、必定の菩薩となって、往生の道を歩み始める。必至滅度の往生の道を歩み始める人となるんです。
 
 
 

                                        
 金子大栄師の浄土(往生)観 抜粋 (三)
死の帰するところを浄土におく
「我々をしてその不安の世の中におりながら今日一日を落着き、今日一日を不安なるがゆえに、却ってそれを介して念仏申させて貰うことによって、有り難いという感覚をおこさせるものは一体何だろうかと、そういうような場として、私には後の世というものがあるのであります。死ねばお浄土へ行けるのであると。人間の生涯の終わりには浄土へ行けるのであり、死の帰するところを浄土におくことによって、それが生の依るところとなって、浄土を憶う心があると、その心から光がでてきて、私達に不安の只中にありながら、そこに安住の地を与えられるのであります。つまり意識はどれほど不安を感じていても、どこかその底に安らかに安住させて頂く力があり、それが本願他力であり、それが浄土の教えであるといってよいのでありましょう。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・一七一~一七二頁)

「こういうような意味において、来世を拒否するという気持もわからないことではありませんが、それはいわば消極的なのでありまして、それを裏返しにして、積極的に申せば、来世を思慕するというところに、本当に浄土教の我々の感情を育ててくださる意味があると思う次第であります。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・一八〇頁)

「後の世、あの世に、やがて私達もその国へ帰るのであるというところに、感情が育てられ、豊かにされる面があると思われます。やがてそれが翻って、その浄土を思うものの人間生活はどういうものになるのであろうかと、次から次へと教行信証の教えなども戴くことができるように思うのであります。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・一八〇頁)
 
感情と自覚

 金子先生のおことばは<宗教感情>をあらわすことばと言っていいのではないか。
対して、曽我先生のお言葉は<宗教的自覚>でしょう。<覚>さとりです。

 曽我先生がのり超えようとしたもの
安易な「ありがた」信心から、人生を道とする信心へ
「信心で救われたらもはや何にも願うことはない。ありがたやありがたやといってただ喜んでいるというような、そんな軽い意味ではないと思うのであります。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・七九頁)

 人生が道となること。人生が道にならなければ、意味がない。

 金子先生が語ろうとしたもの

頭をたれる心
「願わくは、この身の後の世のためにという、その後の世のためにとは、生まれ変わったならばという心であり、それこそ、実は深い人間生活の懺悔を表しているのではないか。だから後生という言葉を”後生たすけたまえ”というふうにばかり考えないで、それは我々が不幸せだとか、つらいとか、何とか彼とかいっていることも結局罪障が深いからじゃないか。願わくは後の世のためにという言葉によってのみ、人間生活の全体を懺悔してゆくところの光がかがやいてくるのではないか。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・一六八頁)
 
凡夫と菩薩
 浄土教はもともと凡夫の教え。その意味では、来生(死後)の往生を求める凡夫にこそひらかれてきた教え。善導も、源信も、法然上人も、みな往生は死後なんです。
 その凡夫の上に、菩薩の道をひらこうとご苦労くださったのが親鸞聖人。
 凡夫を凡夫の身において菩薩たらしめんというのが、法蔵菩薩の願いであり、親鸞聖人が読み取られた『大無量寿経』の精神なんでしょう。
 そこには、凡夫と菩薩という、ある意味では対立するような二つの要素があるんです。
 親鸞聖人ご自身が、凡夫と菩薩のあいだを揺れておられるというか、共存させておられるように思われる。
 『お聖教』を書かれている時は必定の菩薩。勇ましく力強い。求道心に燃えている姿。
 お手紙を書かれているときは、安らぎを求める凡夫の姿。
 ふたつの姿が、ちょうど曽我・金子両先生の姿勢にかさなるようだ。

往生は、現生と来生を問わない。
 親鸞聖人は「往生」ということについては、ある時は現生に往生するといわれ、ある時は来生に往生するといわれて、両方を受け入れている。
 親鸞聖人にとって何よりも肝心なのは、正定聚・不退という信心が確立するかどうかなんです。その正定聚・不退を得るときは現生と、はっきりしている。生きている現在に信心をいただく。そのことさえはっきりすれば、往生するのが現生か、死後かということは、実はあまり問題ではないんでしょう。
 
成仏も往生も、「この世」と「あの世」を超えている
 
 私自身の見解を申します。
 生と死を分断してとらえる考え方。現世と来世を二者択一でとらえる考え方。つまり、現世を主張すれば来世を否定し、来世を認めれば未来に夢を見るような考え方そのものが、仏教の本義にはずれている。また、親鸞聖人のお心とも異なっている。
 親鸞聖人は、「この世か、あの世か」という問題の建てかたをしておられない。
「この世」と「あの世」を共に超える世界を、お浄土としていただいておられるのだと思います。
 つまり、わが身が何処にあろうと、そこにおいて、「この世」と「あの世」を共に超える世界に出遇う。それが浄土に生まれることだと。則ち往生といただいておられるのだと思います。
 わが身が何処にあろうと、ということは、具体的には、現在只今です。現在只今は、「この世」ではない。永遠の今です。人間は現世のみに生きるのではない。現世をつつみながらも、現世を超えて貫く命の流れの中に、生きている。現世にとらわれ、人間のいのちは現世のみと考えれば、それは生死分断です。現実の私たちは、生死分断の世界に生きている。ある人は、自分のいのちはこの世だけと考え、ある人は死後の世界を夢見て、現に生きている命の厳粛な事実を見失う。
 浄土に生まれるとは、そのいずれの在り方をも、超えさせてくださる世界に出遇う、ということでしょう。具体的には、そのいずれの在り方をも超えさせてくださる教えに出遇い、その教えに頭が下がる、ということでしょう。それも全身全霊をもって、自分が生きて在ることの根底から、わが身がひるがえされ、ひるがえされたそのわが身に、如来よりたまわりたる命が回復する。そういう命となって、生まれ変わることでしょう。
 自分の力で超えるのではない。自分の力では超えられないという、厳粛なる事実に目が覚める。目が覚めれば頭が下がる。「私は覚った」というのは、まだ目が覚めていない証拠なのでしょう。だから成仏は、念仏の教えにふれた者には、いつでも私ではない。私のこととしては無いのが成仏でしょう。あえて言えば、限りない未来。「この世」でも「あの世」でもない。成仏は限りない未来。往生は、現在只今。
 成仏も往生も、「この世」と「あの世」とを、共に超えている。
 

帰るべき浄土・根拠地としての浄土
 
 「浄土は死の帰するところ、そして生の依るところ」(『現生十種の益』彌生書房・序等)
 と金子大栄先生はおっしゃいました。
 曽我先生の浄土観と金子先生の浄土観を、二つの浄土としてたずねてみたのですが、つきつめていけば、金子先生のこのお言葉に帰着するのかもしれません。とすれば、二つの浄土といっても、本来は一つの浄土なのでしょう。一つの浄土のふたつの現れといっていいのかも知れません。二つの側面です。
 この二つの側面、あるいは二つの光といったほうがいいかも知れませんが、その二つの光のなかで、金子先生は「帰するところ」としての浄土に、曽我先生は「依るところ」としての浄土に、とくに信心の魂をそそいでお話しくださったのが、『往生と成仏』という二人の先生のご講話ではなかったかと思うのです。
 
 やがて<帰るべき浄土>と<根拠地としての浄土>です。
 
 
帰るべき世界としての浄土
 
〇「死んだらどこへいくの?」というこどもの問いに、
 「お浄土にいくんですよ」「仏さまのところに帰るんですよ」

〇亡くなられた人の遺族・知友の方々に、
 「〇〇様はお浄土へ帰っていかれました」

 このような言葉が、浄土の教えにふれたものにとっては自然な表現だと思います。
 逆にいえば、このようなことばを自然に語れることが、浄土の教えの功徳といってもいいのではないでしょうか。

 親鸞聖人ご自身が、命終された御同行にたいして、「(浄土に)往生された」「わたしもかならず後から行きますから、やがて一つのところ(お浄土)でお会いしましょう」という表現をされるのも、それが浄土の教えをいただいたものの自然な感覚だからでしょう。
〇帰るべき世界がある時、人は命をかけて何かを行うことがあります。
 たとえば、一向一揆。堅田の漁師源兵衛の話。
 捨身(如来のいのち、帰るべきいのちがあるからこそ、現世の身を捨てる)

 金子大栄先生のおことば
「死ねばお浄土へ行けるのであると。人間の生涯の終わりには浄土へ行けるのであり、死の帰するところを浄土におくことによって、それが生の依るところとなって、浄土を憶う心があると、その心から光がでてきて、私達に不安の只中にありながら、そこに安住の地を与えられるのであります。つまり意識はどれほど不安を感じていても、どこかその底に安らかに安住させて頂く力があり、それが本願他力であり、それが浄土の教えであるといってよいのでありましょう。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・一七一~一七二頁)
 

根拠地としての浄土 (一)
 
 正定聚とは、歩むべき人生の道がはっきりと定まること。それも自力分別ではなく、諸仏の歴史において。つまり、仏道においてということです。真に仏道を歩む者となること。いつ仏になるか、それは純粋未来としていただく。そんなことははからう必要がない。

 現在の身の置き処は娑婆。しかし、この娑婆をまさしく忍土として、いただいた我がいのちを尽くす力を、浄土という根拠にたまわる。

 「往生は人生の修行である」(曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・八八頁)、曽我先生は言われています。
 
 
 
 
 
念仏に安んじて人事を尽くす

 清沢満之師は、浄土の教えにふれたものの生きる姿(生き方)は、
「天命に安んじて人事を尽くす」といわれました。
 清沢師の「天命」を改めて「念仏」としていただき直して表せば、
「念仏に安んじて人事を尽くす」というものでしょう。

 〇念仏に安んずる
   これが安心決定であり、安心決定するがゆえに仏道において不退となる。
   安心が決定しなければ、仏道が成り立たなくなる。自力の分別で、道を歩もうとするから、それは仏道でなく自力道、人間(人天)の理想の道になる。
   念仏に安んずることがなければ、底の浅い、理想主義の自己主張になる。
   そこには、回心懺悔がない。自己のもつ深い闇を知らない。業縁、宿業ということばであらわされるような人間の闇を知らない。だから善人面・正義面ができる。
   安心決定は、真の回心懺悔を必要とする。

   安心決定とは、仏のいのちに自己の命を帰すということ。
   信に死す往相

 〇人事を尽くす
   仏道において不退となる故に、やがて必ず仏となる。必至滅度です。
   人生が道場になるということ。人生を滅度への道として歩むんです。
   その心が定まった人を、必定の菩薩ともいい、正定聚ともいうのです。

還相とは、浄土を根拠地として人の世を生きるということ。
   願に生きる還相
   菩薩さまになって人を助けると思ったら思い上がりになる。
   だからどこまでも「凡夫のたすけあい」でしょう。
   浄土を根拠地として自分の人生を生きると同時に、根拠地としての浄土を人の世に明らかにしていく。そういう人間像が願われている。
 

参考
根拠地としての浄土 (二)
曽我量深先生のおことば(一)
「欲生我国とは我らが信の一念に救われた、如来の救済が成就したというところから更にすすんで、如来の因位の御心、やるせない願心を深く掘り下げてゆくのが欲生我国というものでなかろうかと私は思うのであります。」
        (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・七七頁)
「つまり如来が因位法蔵比丘の昔にはじめて超世の悲願を思いたたせられた、その御心を深く掘り下げていこうというのが欲生我国ということではないかと了解するものであります。」
        (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・七八頁)
「至心信楽というところでお助けを得て、さらにそのよって来る根本へさかのぼっていこう、それが欲生我国ではないか。」
        (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・七八頁)
「欲生とは助かったことが有り難いというのでなしに、如来が昔本願を起こして、助かるまじき我々を、助けんと思い立ってくだされたその昔に立ちかえって、本願を起こして下された仏さまのやるせない御心にさかのぼってゆくところに、限りなき問題があるのであります。」
        (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・七九頁)
「真実信心によって一切完了したということでは何のこともない。何の生活もない。欲生我国というところに、はじめて我らの宗教生活、信心生活を開きだすものがあるのでありましょう。」
        (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・七九頁)
根拠地としての浄土 (三)
曽我量深先生のおことば(二)
「自分の救いは成就したというところで、鬼の首をとったように思っては誓願の不思議というものはないのでしりましょう。我らが助かったというところから新しい世界が開けてくるんであります。ほんとうの問題は信心によって我らが助かったというところから、真の宗教生活がはじまるのであります。」
        (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・八〇頁)
「私は浄土真宗の人間像というのはそこだと思います。欲生我国というところに永遠の人間像があるのです。」
        (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・八〇頁)
「助かったところから更に本当の仏法の世界と信心の生活が開けてくるのでありましょう。」        (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・八〇頁)
「「至心信楽欲生我国というところに永遠に死なない浄土真宗の人間像がある」しかし「「至心信楽」に終わってしまうと、なんの人間像もない。(……)欲生我国というところに新しい人間像がある。」
        (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・八〇頁)
「至心信楽では我々は本願の客であります。本願の客が本願の主となるのが欲生というのであります。」
        (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・八〇頁)
 
生死即ち大涅槃
「ここをもって諸仏、浄土を勧めたまえり。たとい一生悪を造る者、三心相応せんは、これ一心なり。一心は淳心なれば如実と名づく。もし生まれずは、この処(ことわり)なけん。必ず安楽国に往生を得れば、生死すなわちこれ大涅槃なり、すなわち易行道なり、他力と名づくとのたまえり。」
            (『入出二門偈』『真宗聖典』東本願寺・四六五頁)
 現にある生死を我が場処として頂戴するとき、生死を超える。横ざまに迷いの四つの流れを断ち切る。それを「横超断四流」というのでしょう。ということは、親鸞聖人は現生に大涅槃を超証されたということでしょう。生死をおそれとしない世界、それが安楽国だと聖人は言われるのです。安楽国に生まれたら、もはや生死は恐れではない。この生死の場処こそ、わが世界であり、わが命である。その徹底的な自覚を大涅槃といわれるのでしょう。「生死即大涅槃」です。
『正信偈』では、曇鸞大師のところに、次のようにうたわれています。
   惑染凡夫信心発  證知生死即涅槃
   必至無量光明土  諸有衆生皆普化
 惑染の凡夫であるわれわれであっても、真実の信心が発起されるならば、生死即ち涅槃と證知して、やがて必ず無量光明土に至って、諸有の衆生を皆、普く教化することができるのだ。「生死をおそれとしない世界」それは現生にたまわるから意味があるのでしょう。それを来生にたまわっても、現生は恐れのままになってしまう。それでは救われない。
 「光明寺の和尚(かしょう)の『般舟讃』には、「信心の人はその心すでに浄土に居す」と釈し給えり。居すというは、浄土に、信心のこころ、つねにいたりというこころなり」    (『御消息集(善性本)』〔五〕『真宗聖典』東本願寺・五九一頁)
                                      
「救い」とはまず、死を恐れない心の成就
 ●死んだら極楽に行けるから「死」を恐れない。真実報土の心とはかぎらない。そう言えるか言えぬか微妙だろう。ただし真実報土への入口になる。法然上人は、それでよしとした。凡夫においてはそれでよし、われらはみな凡夫というのが法然上人。まさしく凡夫のこころであって、それを頭から否定されたら凡夫はすくわれない。だからそれ自体を否定するのではない。そこに止まることを注意する。
  生死と別のところに涅槃を求める。浄土であっても入口。第一願。
  しかし入口は大事。だれも入口なしには入れない。
 ●死んでどこへ行こうと生死を恐れない。   真実報土
  無住処涅槃のことでしょう。それを親鸞聖人は、真実報土と言っておられる。
 「(善導大師は)安楽国に到れば必ず自然(じねん)に、すなわち法性の常楽を証すとのたまえり。」
             (『入出二門偈』『真宗聖典』東本願寺・四六五頁)
 たとえ、地獄を恐れる心であっても、浄土に生まれれば必ず自然(じねん)に、仏の安らぎを得るのだという。
 
 
 
観経往生・弥陀経往生

 「これ他力の中に自力を宗致としたまえり。このゆえに観経往生ともうすは、これみな方便化土の往生なり。これを双樹林下往生ともうすなり。」
          (『三経往生文類』『真宗聖典』東本願寺・四七一頁)

 双樹林下往生とは、自分がお釈迦様になったかのように勘違いしている者が望む往生をいうのではないか?西行法師のことなどが親鸞聖人の頭にあったか?
 親鸞聖人において、方便化土の往生とは、かならず「自力」を旨とする姿勢を指す。

 「弥陀経往生というは、(…)定散自力の行人は、不可思議の仏智を疑惑して信受せず、如来の尊号をおのれが善根として、みずから浄土に回向して、果遂の誓いをたのむ。(…)そのつみ、ふかくおもくして、七宝の牢獄にいましめられて、いのち五百歳のあいだ、自在なることあたわず、三宝をみたてまつらず、つかえたてまつることなしと、如来はときたまえり。しかれども、如来の尊号を憶念するゆえに、胎宮にとどまる。徳号によるがゆえに、難思往生ともうすなり。不可思議の誓願、疑惑するつみによりて、難思議往生とはもうさずとしるべきなり。」
          (『三経往生文類』『真宗聖典』東本願寺・四七三~四頁)
 
 
「来迎」「臨終」を待つこと

 「来迎」を待つこと、「臨終」を待つことは、信心が決定していないということを示している。したがって、親鸞聖人が化土といわれるのは、仏智を疑う者、如来の本願力を信じきれない心に応じて現れる世界のことでしょう。雑修の者は、ほんとうの浄土(報土)には生まれることができず懈慢界に生まれてしまう。というのは、生まれる者の心が懈慢にとらわれているからでしょう。

 「御同行の、臨終を期(ご)してとおほせられさふらふらんは、ちからおよばぬことなり。信心まことにならせたまひてさふらふひとは、誓願の利益にてさふらふうへに、摂取してすてずとさふらへば、来迎・臨終を期(ご)させたまふべからずとこそおぼえさふらへ。いまだ信心さだまらざらんひとは、臨終をも期し来迎をもまたせたまふべし。」
       『真蹟書簡』〔第十八書簡〕
       (増谷文雄『親鸞集』日本の思想3・筑摩書房/二八三頁)
     (『末燈鈔』〔十八〕『真宗聖典』東本願寺・六〇八頁と同じ手紙)
 
 
 
 

不退ということ

無生法忍のさとりを、信心によって頂戴する。それが不退の位です。

「無生の生は、正定聚の位のさとりである」と、曽我先生は言われています。

〔質問〕「無生の生のさとりは真実証とは別のものですか。」
〔答え〕「真実証ではありません。正定聚の位のさとりでございます。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・八六頁)

〔質問〕「正定聚と、往生は一つでございますか。」
〔答え〕「決定の往生、決定的往生を正定聚という。往生は決定的であるという。そういう生活の姿を現生正定聚と名づけるのであります。法においては正定業、機においては正定聚であります。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・八六頁)
 
 
 
 曽我量深師の浄土(往生)観 抜粋 (三)
<信心決定>の時が往生
往生は<信心決定>の人の生活
「往生とは、信心決定の時に往生する決定往生である。決定往生はすなわち信心決定の人の生活であります。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・二一頁)

往生とは生死を出ずること
「往生とは要するに生死を出ずることでありましょう。生死を出ずるということと、成仏するということは、すぐ一つだというわけにはいかぬ。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・二六頁)
(私)生死を出ずることが「横超断四流」なのであろう。
「横超断四流」は、『正信偈』。先立って善導大師。                 
(私)つまり、身が定まるということ。身の置きどころ。生死流転の現在。

  実はそれこそが還相の菩薩の姿であり、私において、還相の菩薩(法蔵菩薩)が生きてくださっているという信心の自覚なのです。 
 
 
 
 曽我量深師の浄土(往生)観 抜粋 (四)
往生は「無生の生」
「この往生というのは無生の生であると曇鸞大師は教えて下されておるのであります。如来の本願は無生の生にして、凡夫が思う如き実の生というようなものと違うことであると,往生論註にあるのでございます。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・一五頁)

無生の世界が「浄土」であり「真実報土」であり「安楽仏国」である
「我々如きものが、無生の生などということが一体あるかと考えておるわけでございましょう。ところが我々如き者にも、無生の生を了解することができるのであります。学問で無生の生を論議するわけではない。一文不知の我々如きものでありましても「聞其名号信心歓喜 乃至一念 至心廻向」という如来廻向の信心を頂くことになれば、おのずから無生の世界がひらけてくるのであります。無生の世界、すなわち浄土であり、真実報土であり、安楽仏国であります。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・一五頁)

成仏は往生の帰着点
「そして成仏とはどういうものであるか。成仏とは往生の帰着点であります。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・二一頁)
 

参考<純粋未来> 安田理深 (一)

「本願にふれてみても、別解して(自分かってに解釈して-注・三木)私にもちかえ翻訳するならば、念仏といっても自力の信での理解であって、念仏は助かるためにあり、従って証は未来ということになる。現在は念仏、さとりは未来である。これを別解別行という。念仏してはこの世、往生は未来である。未来に涅槃を証するという、これは本願にふれてはいても、浄土宗とはいえるかもしれないが、真宗の面目ではない。聖道門は理想主義に一点の疑いのないものでしるから、不安がない。勇ましい限りである。浄土宗は理想主義の駄目であることを一応自覚したが、しかもそれを離れることができないという立場である。そこでは念仏して未来に助かるというのだから、念仏している間は助からないのであろう。助からない念仏をしている。念仏が理想主義になっている事実である。だから聖道門の理想主義もまた浄土宗の疑い晴れざる立場も、共に現生の満足がない。南無阿弥陀仏に立てば現生不退である。立つべき南無阿弥陀仏にいま立ったのが信である。」
             (安田理深『純粋未来』文栄堂・13~14頁)

念仏に大涅槃の影がさしている
穢土に浄土の影が来ている
念仏は死を境とするものではなく、念仏で穢土と浄土が連続している
現在に未来が連続している
「念仏するとき、このままが、ここに居りながら大涅槃にふれている。念仏申しているところに大涅槃の具体化がある。本願成就が来ている。焦ることはないのである。涅槃は浄土と一如である。一如として来ているのである。念仏のところに大涅槃が具体化されている。具体的象徴である。念仏に大涅槃の影がさしている。穢土に浄土の影が来ている。我々が生きている間はつかむ必要がない。照らしだされればよい。見る必要もない。念仏が終わって成仏するのでなく、念仏のところが一歩一歩の往生である。念仏は死を境とするものではなく、念仏で穢土と浄土が連続している。空間的に隔たってあるのでない。現在のところに未来に連続している。この自覚が信である。現在に未来が連続している、これが現生不退である。これは信の自覚内容である。以上が、大体教行信証の根本的な謂れである。」          (安田理深『純粋未来』文栄堂・14頁)
 

現生の満足

「いつ死んでも往生は間違いないというが、いつまで生きても往生間違いないのであります。百まで生きようが、千まで生きようが、往生は確実、確実に往生生活をしておる。これが大無量寿経のおみ法、親鸞の教行信証のおみ法であります。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・三六頁)

「生命終わってから往生することもあるが、何の根拠もない。お助けまちがいないといっているのは、助かるだろうという信心であって、「だろう信心」は本当の信心ではないのであります。助かっておるという現在の事実でなければならぬのです。」
      (曽我量深・金子大栄著『往生と成仏』法蔵館・三六頁)
 

法然上人の一言

 「念仏してたすけられよ」
 

親鸞聖人の一言

 「本願にたすけられて、本願に生きよ」
 その本願とは、度衆生心です。
 そこに大乗仏教の願いが始めて成就する。

 法然と親鸞とふたり出て、始めて成就する。

 お示しの強さが、法然上人のほうは「たすけられよ」にあり、親鸞聖人の場合は「生きよ」にある。「生きよ」は「たすけられよ」を前提とするから、「「たすけられよ」を抜きにして「生きよ」は言えない。
 
 
 
如への方向

 面白い対話がある。

 「金子  道綽の『安楽集』に「若し大乗に拠らば、真如実相大一義空、曽って未だ心に措かず。」(巻上、第三大門)という言葉がありますな。真如だ実相だのというても、われわれ凡夫の心にはとどかない、というところから出発してですね、まず本願を観じ、そして本願の終極において、いずれその如の世界へとわれわれは往くんだと、いうことですね。往くところが本源にあるんだろうと思います。
  曽我  本願はもともと如から出たんでしょう。阿弥陀如来というのは如から来生したと、やはり、如がもとですわね。
  金子  そうかも知れませんけどね、方向がね、多少ちがうんでないかと思うんです。
  西谷  金子先生のお考えですと、つまり如というのはどこかやはり将来という……。
  金子  そうそう。そういうような性格をもって、いずれ如の世界へ往くんだと。往く世界は、帰する世界は依るところなんですから、だから、帰するところとして説いてあるけれども、それがそもそも依るところであると。ということになれば、もちろんさっきのお話はあれでちがいないと思いますけども、しかし、一応いま申しましたように、「真如実相、曽って未だ心に措かず」と、その能なきもののおよばないところだといわれるような意味があるんじゃないかと思うんですがね。
  西谷  なるほどね、そうするとその中心はやはり往く先という……。
  金子  ええ、いろいろな問題にはなるでしょうけれども、とにかく本願の帰するところとしてですね。
  西谷  本願の帰するところ……、帰するところか出てくるところかという……。
  金子  ええ、そう。それはまあ帰依の世界ですから、帰するところは依るところにちがいないんですから、帰するところは依るところとして解釈なさればですね、むろん異議はないわけです。
  曽我  それは私どもの方からいえばですね、帰するところです。仏さまの方からいえば出てくるところ。われわれは迷うておってもとはわかりませんものですから、帰するところと、こういうんでありましょうね。
  金子  ええ、そういうところに何か、真宗の性格があると思うんです。 」
 『親鸞の世界』鈴木大拙・曽我量深・金子大栄・西谷啓治 共著  東本願寺出版部 三六頁)