高明寺レポート
いのちと真宗
「いのち」と真宗
2011年親鸞聖人七百五十回御遠忌に向けて、東本願寺が打ち出した<今、いのちがあなたを生きている>という標語(テーマ)に関して
「仏前」ということ
〇暁烏敏師の喜寿の会(昭和二十八年十月十日)の席上で、曽我師はこのように言われている。
冒頭で暁烏師の業績を讃えたのち、「就きましては自分はこのような場所でお話することは無いことであります。多くは寺院の本堂、即ち仏前でお同行たちのために法話に出るということをしておりますけれども、このようなところでお話ししたことはありません。常にお同行たちのために仏前に於いて法話をさせて貰っているのでありますが、仏様のお姿の奉安されていない処でお話をするということは自分にはなれないことでどうも落つきがない。」(『曽我量深選集』彌生書房・第十二巻「自信教人信」三頁)
「仏前」ということが、「いのち」なんでしょう。「いのち」といっても「仏前にある」ということ。仏前としてのいのちであり、逆に言えば「仏前」をあらわすことばとして「いのち」という言葉がえらびとられたのでしょう。「いのち」という言葉には、何か「いのち」という実体があるかのようにとらえてしまう危険があるという指摘が一部から(あるいは宗門の指導的立場から)なされていますが、危険なのは「いのち」を実体としてとらえるというようなことにあるのではなく、「仏前」を忘れてしまうことでしょう。わたしたちの魂(たましい・こころ)に「仏前」を呼び起こすことばとして「いのち」がえらびとられたのなら、それには意味がある。また、「いのち」という言葉には、わたしたちがその自覚を失わなければ、その「仏前にあること(本願といってもよい)」を呼び起こすだけの喚起力(はたらき)がまだ残っている。
「魂」とは、親鸞聖人のことばでいえば「信心の業識」です。
(『教行信証』行の巻・聖典190頁〔両重因縁〕)
「いのち」を実体としてとらえること、あるいは「実在」としてとらえることは、キリスト教やイスラム教において神が実体(実在)としてとらえられていることと等しい。だが、そのことによって、信仰感情や敬虔感情が失われるということはない。むしろ実在する神は、キリスト教やイスラム教における信仰の根拠でしょう。
「仏前にあること」の、人間における意味は、「神の前にあること」の人間における意味と、同義です。それは自己を超えた普遍なるもの(存在・はたらき)への絶対的な信頼と敬虔の感情(オットーのいう〔ヌミノーゼ〕、それをさらに展開したエリアーデの〔ヒエロファニー〕、ヒンドゥー教の〔バクティ〕、浄土教の〔帰命〕などにそれぞれの仕方で表現されている)であり、またその意思に従う(随順する)意志をもふくんでいます。
したがって、「いのち」ということばの問題は別に実体化の危険にあるのではない。どこまでも「仏前にあること」をわれらに呼び起こすことばとして、われらがいただくことができるかどうか、という問題でしょう。
ただ「存在および諸存在」の実体化を否定するのが仏教であるという解釈が、仏教自身の歴史の中で二千年以上にわたって継続しています。釈尊は、われわれという事実として「存在し、苦悩するもの(存在者・諸存在)」の為に、執着すべきではないものへの執着を否定するために、「無我」を説き「諸行無常」を説きました。しかしそれは、「われわれは存在しない」ということを説いたのでも、「すべての物事は存在しない」ということを説いたのでもありません。ただ、「とらわれても仕方のないもの、とらわれることによって苦悩を引き起こしているようなものへのとらわれを捨てよ」と教えられたのです。
神(唯一神)の実在、ブラフマン(梵)の実在は、釈尊の説法では説かれません。それは実在するとも、実在しないとも、釈尊は語っておられない。釈尊の問題は、われわれ苦悩する存在者の苦悩(煩悩)だけに向けられていました。苦悩からの解放が釈尊の課題でした。
われわれ苦悩する存在者の「喜び」や「信仰(信心・敬虔感情)」の問題は、釈尊を受け継いだ後の人々によって探究されました。「大乗」を名のる人々の登場です。それ以前の仏教徒の課題は、苦悩からの解放すなわち「解脱」でした。しかし「大乗」を名のる人々の登場によって、仏教の課題は「解脱」から、釈尊が無量にその心をもっていたとされる「慈・悲・喜・捨」(四無量心)の成就へと展開し、さらにその四無量心が生まれでる根拠としての「信心(信仰・敬虔感情)」の課題へと展開していったのです。
信仰とは、「自己を超えた普遍なるもの(存在・はたらき)への絶対的な信頼と敬虔の感情」であり、またそこには「その意思に従う(随順する)意志」もふくまれています。それは、自己を超えた普遍なるもの超越者と自己(または「われら」)との関係です。
ブーバーはそれを「我と汝」の関係と呼びました。現代の仏教者(わたしの知るかぎりすくなくとも浄土真宗における現代の仏教者)たちは、よく「実体ではない、はたらきなのだ」ということを言うのですが、「はたらき」といっても、それが超越者と自己との関係にまでならなければ、信仰(あるいは信心)としてのはたらきは生まれません。それを「呼びかけるもの」と「呼びかけられるもの」との関係といってもいいのです。
親鸞聖人において「呼びかけるもの」の「呼びかけるはたらき」は、「如来の勅命」として聞きとられました。「呼びかけるもの如来」の「呼びかけるはたらき勅命」です。
「実体」とか「実在」という表現をおそれるあまり、「いのち」を否定し、「無量寿」を否定し(寿といえば実体的ないのちを考えてしまうと批判し)といった言説が、真宗の言説の場でよく聞かれるようになりました。しかしそれは却ってことばへの「とらわれ」ではありませんか。親鸞聖人は「無量寿」よりも「光如来」と言っておられるから、「光如来」のほうがふさわしいのだという言い方もあるようですが、言葉にとらわれれば、「寿」も「光」もはたらきを失って死ぬばかりです。「光」には「光」の意味がありそのはたらきがある。「寿」にもその意味がありはたらきがある。「光如来」でなければ表せない意味もあれば、「無量寿」あるいは「無量寿如来」でなければ表せない意味もある。
「寿」には「相続」という意味があります。永く失われずに保たれ、相続される。釈尊(釈尊以前)から七高僧へ。法然上人から親鸞聖人へ。親鸞聖人から現代のわれわれにまで相続されてきた。受け継がれ、伝承されてきた。相続講というのは、真宗にとって大切な法門護持の意義を持つしくみですが、文字通り、相続が願われている。願われ、相続されていく、それが「いのち」でしょう。念仏のいのちでしょう。それが「無量寿」でしょう。
「体(実体)」あるいは「存在(有・実在)」という表現への過度のおそれは、龍樹によってすでに「有無の二見」が破られているということの意味が、未だに了知されていないことの徴でしょう。親鸞聖人が『正信偈』の龍樹章において「悉能摧破有無見」とあらわされている意味を、よくよく案ずるべきです。
真宗はいつから「いのち教」になったのか?という問いがあるようですが、それは宗祖親鸞聖人が「それ、真実の教を顕さば、すなわち大無量寿経これなり」(『教行信証』教巻・聖典一五二頁)と宣言されてより已来でしょう。
仏教の歴史において『無量寿』を名とする経が誕生した意味、その意味を数百年の時と処とをへだてて、あらためて宗祖が見いだされた。
それゆえに『正信偈』の冒頭に先ず「帰命無量寿如来」と礼拝された。
本願をいのちとし、いのちを本願とする。
それが大無量寿経の宗致を本願とする意味でしょう。
いのちとは、相続され、伝統されるはたらきの謂いである。
真宗は、われらのいのちの根底に本願と称される「いのちの根底の願い」を見いだし、その本願に生きるいのちに「われひと共に生まれん(往生せん)」と誓う教えです。それが自信教人信の教えであり、願生浄土の教えです。そういうことを正々堂々と、自信をもって語ることができなければ、宗祖が浄土真宗を開顕し、大無量寿経をもって真実の教とされた意義が失われ、宗祖は嘆かれるでしょう。のみならず、真宗の教えを聞き、その教えを旗印とする「われら」こそが真宗における獅子身中の虫となり、仏智疑惑の身となって、諸仏如来を誹謗する者となってしまうでしょう。
「念仏の信者を疑謗して、破壊瞋毒盛りなり」(『正像末和讃』(八)聖典五〇一頁)