『無量寿経』の翻訳史

  

 
 
 
 
無量寿経の翻訳史
 
 
 
無量寿経(二巻) 曹魏,252年, 康僧鎧(こうそうがい)の訳
 
 
 〇『阿弥陀経』を小経と呼ぶのに対し、本経を<魏訳の大経>と称する。
 
 〇訳者について、法雲説(境野・常盤・望月)
         竺法護訳(西晋,308年)説(野上俊静)がある。
                    (『仏典解題辞典』87頁)
 
 〇異訳に古来、五存七欠、十二訳ありといわれる。
  原典・訳者等について、諸説あり、定説をうる段階になっていないという。
                    (『仏典解題辞典』87頁)
 
〇19世紀から20世紀にかけて、ホッジソン、ライト、大谷光瑞、榊亮三郎の諸氏によって、「無量寿経」梵文が発見され、現存写本数は28部に達する。
 
〇本経の成立は教理史的には原始般若や法華につづくころで、宇井博士は200年以前に存在したことは疑いないとし、、春日井博士はおそらくクシャーナ王朝時代に1~2世紀の頃に、ガンダーラ地方で勢力をもった化地部の教壇において編述作成されたと推定する。                                        〇魏訳からの英訳には、K.Yamamoto tr.<Sinsyu(長音)Seiten>1955がある。
 
                    (『仏典解題辞典』89頁)
 
 
 
 
 
五存の経典名
 
1.漢訳 『平等覚経』(具名仏説無量清浄平等覚経)(四巻) 〔二十四願〕
          後漢, 支婁迦言籤訳(147~186年)
    *訳者については、白延(256~259)とするのが有力という。
                      (『仏典解題辞典』88頁)
 
2.呉訳 『大阿弥陀経』(二巻) 呉,支謙訳(223~6年) 〔二十四願〕
   上巻首題仏説阿弥陀三耶三仏薩樓仏檀過度人道経。
   下巻首題仏説阿弥陀経。
   上下両巻尾題阿弥陀経
 
 
3・魏訳  『無量寿経』(仏説無量寿経)(二巻)       〔四十八願〕
            曹魏, 康僧鎧訳(252年)    
 
 
4.唐訳  『無量寿如来会』(二巻)             〔四十八願〕
            唐, 菩提流支訳(693~713年)
            *(真宗聖教全書では菩提流志の記)
            *『大宝積経』の巻十七・十八に当たる。
 
 
5.宋訳  『荘厳経』(具名仏説大乗無量寿荘厳経)(三巻) 〔三十六願〕
     (無量寿荘厳経) 宋, 法賢訳(980年頃)
 
 
 
                                        
大無量寿経という呼び名
 
 「現在『大無量寿経』という言葉は翻訳経典の中にはないんですけれども、『大無量寿経』といったのは親鸞聖人だけであります。『大無量寿経』という言葉を使うのは真宗だけですね。浄土宗の場合でも時宗でも、「大」という字は使いません。単に『無量寿経』です。なぜ親鸞聖人が『大無量寿経』という言葉を敢えて使ったのか、ここらも考えてみなければならないところです。翻訳経典では『大無量寿経』ではなしに『無量寿経』であります。」
 
 (藤本正樹『大無量寿経講義録 』真宗大谷派能登教区教化センター発行/11頁)
 
 
 藤本正樹先生がこのように言われているけれども、これは先生の勘違いでしょう。
 『大無量寿経』という言葉は、親鸞聖人に先だって、法然上人が使われています。
『選択集』に