高明寺レポート
「相伝教学と六要教学」〔抜粋資料〕
相伝教学と六要教学
「本願寺が成立したときの、存覚と覚如の問題。本願寺の正当な説によると、覚如のほうに信仰の純粋さをまもろうとした。存覚のほうに土着信仰、あるいは国家権力にずっと妥協してきた、堕落者としてしかあつかわないんだけども。」
(ジョアキン・モンティロ『信の冒険』求道会 三七頁)
「これいわゆる真宗の教相ということは、一つは曽我量深とか清沢満之の教学、真宗の教相ほとんどすてとる。つまり『大無量寿経』を中心にして、一代教全部批判的におさえる立場。もう曽我量深も金子大栄も清沢満之も、全部やっぱりすてとる。ぼくは、存覚のほうは社会的立場どうだったかということは別として、一代教を全体的に批判的におさえて、そんなかで真宗を明らかにする立場があったとおもいます。つまり本願寺の歴史の中での唯一の教相学者。その意味で非常に高く評価しておる。」(同上 三八頁)
「もう一つは、現在大谷派の中で蓮如上人復活ブームの中で、復活しようしておる教学の系統。いわゆる真宗相伝義書の教学。真宗相伝義書の教学は、歴史的にみれば、覚如とか蓮如の教学であったか、どうかそれはわかりません。それはクエッションマーク、歴史の上からいえば。ただやっぱり、明らかなのは、思想的な中身からいえば真宗相伝の教学、一番極端な如来蔵思想である。一番極端な神祇とか、土着信仰、肯定の教学である。それは間違いない。西本願寺で言っとるポストモダンと、大谷派で言っているポストモダン多少違う。つまり教団を肯定するとか、お寺の制度だとか、血統信仰とか大事にするという意味で同じ。ただそれを正当化する理由づけ、それの背景にある考え方、だいぶやっぱり違います。大谷派の方は、そういうポストモダン的な発想している人たちだいたい相伝義書の教学によっとる。蓮如というときに、それ自体明確じゃないです。ただ相伝の教学が蓮如の教学にあったかどうかは、自明でない。ただやっぱり、非常におもしろいのは、いま大谷派の中で、ポストモダン的な発想にたてて相伝教学をいいだしている人たち、存覚教学を徹底的に嫌っている。これ、いまの問題ばっかりじゃなくて、相伝の江戸時代から、相伝の教学をかいてきた学者たちほとんど例外なし。存覚教学に対してものすごく敵対意識をもっとる。
その意味で、存覚と覚如の問題。どちらか正しい方向性をもつ、また教学の違いどこにあるか、それいまの時点で分からん。明らかにいえるのは、相伝の教学が覚如、蓮如の教学であったとすれば、存覚の立場が正しかったに間違いない。それいまの段階でそれがいえる。」(ジョアキン・モンティロ『信の冒険』求道会 三九頁)
相伝ということ
「蓮如自身が「相伝」と云っているのは、これはあくまでも覚如の教学の伝統であります。覚如がたとえば『改邪鈔』などに三代伝持ということを云われています。三代伝持とは、法然・親鸞・如信です。法然・親鸞・如信の伝統を伝持するという意味であって、その法然・親鸞・如信・覚如、それを蓮如は「相伝」と呼んでいるのであります。蓮如の教学が「一家相伝の教学」であると蓮如自身が云っているわけではありません。
ところで、故足利演正先生が「相伝の教学というのは、蓮如の教学であるといってもよい」と云われたところには、蓮如が「相伝」と云った意味と、その蓮如の教学を「相伝」にしてしまった五箇寺相伝の教学、すなわち秘伝・一家相伝という形にしてしまった教学とは違いがあると思います。」(藤元正樹「相伝ということ」『相伝義書第十一巻』月報)
「いわゆる「広本伝授の家」としての五箇寺の教学者たちが相伝というのは、むしろ口伝の意味であります。『深解会通』の最初に「広本に於いて深信の伝と深解の義といへるあり」と云われている深信の伝が、つまり「口伝」です。そこでの口伝ということは、それは秘伝です。そういう秘伝的な性格をもってあらわされたのが、五箇寺相伝ということでありましょう。」(同上)
「ですから充分注意してほしいのは、「相伝」と云いますと秘伝のように受け止められてしまうのですけれども、そうではなくて、蓮如が「相伝」と云っている意味が大事であります。それは、この相伝の教学がなぜ存覚の教学批判にあるかということと関係してきます。
存覚の教学というのは『六要鈔』に代表されるのですけれども、『六要鈔』の教学は、法然・親鸞・如信という、いわゆる浄土真宗の伝統に立った教学とは云いがたいのであります。『六要鈔』の教学というのは、存覚のなみなみならぬ博識による『御本書』の解明でありますが、その基本姿勢は、親鸞聖人の教学の真実性を教学的に証明しようということにあります。だが、それだけでは親鸞聖人の精神、その御信心は充分に明らかにできないのではないか。つまり、親鸞が教祖になるのであります。」(同上)
「相伝の教学というのは、親鸞を教祖にしないといういみでもあります。あくまでも法然の弟子であると、法然の弟子の教学です。内面的には仏弟子たるものの教学す。教祖の教学ではないのです。『六要鈔』の教学は、そこのところが相伝という歴史的原点をもたないのですそれは、浄土の歴史に責任を負うた教学、本願の歴史に帰依したものの責任に立つような教学とは云いがたい。」
「それはあくまでも存覚の私釈であって相伝の解釈ではありません。法然・親鸞・如信・覚如と、そういうひとつの相伝、大きくいえば七祖まで、そういう七祖の眼でもって親鸞の『教行信証』を読むという姿勢がないわけであります。存覚個人の眼でもって『教行信証』を読んでいる、それが『六要鈔』でありましょう。」(同上)
大無量寿経論としての『教行信証』『六要鈔』の読み方
「ある意味では相伝よりも『六要鈔』の教学のほうが優れている部分もたくさんあります。たとえば、『教行信証』を大きく三分釈する、それは『教行信証』を大無量寿経論として読んだ読み方です。「総序」の文が終わった後に「大無量寿経 真実之教 浄土真宗」と示され、その後に教・行・信・証・真仏土・化身土の題目が並べられていますが、この『教行信証』というのは、『大無量寿経』の論書として造られているとする読み方が存覚の見方です。」 (藤元正樹「相伝ということ」『相伝義書第十一巻』月報)
往還二廻向論としての『教行信証』『相伝』の読み方
「蓮如も基本的には三分釈をとりますけれども、それを経典としてというよりも「真宗」として、親鸞の信心において解釈された書として捉えます。蓮如は『教行信証』を、あくまでも往還の二廻向というところに示された指南に立って見るわけです。往還の二廻向に立つということは、「謹(デ)按(ズルニ)浄土真宗(ヲ)有(リ)二種(ノ)廻向」、浄土真宗という立場で、浄土真宗の論書であると見るわけであります。」
(藤元正樹「相伝ということ」『相伝義書第十一巻』月報)
大無量寿経論と真宗論の問題
「大無量寿経論として読む時の存覚の教学によれば、浄土真宗というのは単に仏教の一派ではなくて、仏教の結論であるという意味でしょう。仏教の結論が『教行信証』にある、浄土真宗にあるという見方です。そこには浄土真宗の権威を示さんとする精神が流れています。
しかし、蓮如に立てば逆です。むしろ『教行信証』は、本願帰命の伝統であり、宗祖の浄土帰依の精神を述べられた書物であると見ます。これは説明を要するところですが、浄土の精神というものは果たして釈尊の仏教の精神なのか、「釈迦の教法ましませど 修すべき有情のなきゆへに さとりうるもの末法に 一人もあらじとときたまふ」、末法という時代性の中で展開された『大無量寿経』というのは、果たして単に釈尊の仏教と云えるのか、そういう問題(二尊教としての浄土真宗)まで孕んでいるような教学であるということを、まず心得ておかねばならないと思います。」
(藤元正樹「相伝ということ」『相伝義書第十一巻』月報)