高明寺レポート
「善人なおもて」は法然のことば(増谷文雄師)
「善人なをもて」は法然のことば (増谷文雄師)
『歎異抄』第三章の有名なことば、「善人なをもて往生をとぐ。いはんや悪人をや。」の言葉は、親鸞聖人ご自身のことばではなく、法然上人が言ったことばです。
そういう指摘が増谷文雄氏によってなされました。
その根拠をたずねてみれば、増谷氏の言うとおりであって、その説に間違いはありません。
増谷氏の言うところを聞いてみましょう。
「このなかで、わたしに納得がいかないというのは、その最後の一節についての従来の解釈のしかたである。よって善人だって往生するのだから、まして悪人においてはなおさらのことだ、とおおせられたとあるが、そのおおせられたのは、いったい、だれであるか。従来の浄土真宗の学者たちは、すべて、一議におよばず、それは親鸞であるとしている。だが、素直にこの一文を読んでみると、どうも、そのように解釈するのは無理である。」 (増谷文雄『日本人の仏教』角川選書〔改版/一九八一・昭和五六年〕 一一二頁)
「従来の学者もいっているように、『歎異抄』の前半(第一段から第十段のなかばまで)は、親鸞のことばをそのままに、直接話法で記したものと解せられる。この一段についていえば、「おほせさふらひき」までの全文が、親鸞のことばであると考えられる。すると、親鸞が「おほせさふらひき」と、その人の名をあげずしていっているのは、法然のほかにはない。」
(増谷文雄『日本人の仏教』角川選書〔改版/一九八一・昭和五六年〕 一一三頁)
「それにもかかわらず、従来の真宗の学者たちが、この一節を親鸞のおおせとして解釈しなければならなかったことには理由があった。
(……)従来の宗学においては、浄土宗は「善人正機」をたてまえとし、浄土真宗は「悪人正機」を宗旨とした。したがって、法然が「善人なをもて往生をとぐ。いはんや悪人をや」などというはずはないと考えられた。
つまり、宗学のたてまえからすれば、それを親鸞のおおせとするよりほかはなかった。」
(増谷文雄『日本人の仏教』角川選書〔改版/一九八一・昭和五六年〕 一一四頁)
本願寺の聖人(親鸞)黒谷の先徳(法然)より御相承
「しかるに、今日、宗学の束縛をはなれてみると、法然もまた「悪人正機」の思想にたっていたことが知られる。
勢観房源智による『法然上人伝記』(いわゆる醍醐本)は、もっともふるい法然の伝記と語録である。(嘉禎三年-一二三七年以前と推定される)が、そこには、法然のことばとして、
「この宗は悪人を手本とし、善人まで摂するなり」とある。また、その巻末には、「善人なをもて往生をとぐ。いはんや悪人をやのこと。口伝これあり」と記しとどめられている。(注8)」
(増谷文雄『日本人の仏教』角川選書〔改版/一九八一・昭和五六年〕 一一四頁)
(注8)その原文は、漢文をもって、「善人尚以往生況悪人乎事 口伝有之」とある。
「それにもかかわらず、浄土宗の学者は、旧来の宗学に執して、それらの法然のことばを無視しようとする。それと同じく浄土真宗の学者もまた、これに眼をおおわんとするのであろうか。(注9)」 (増谷文雄『日本人の仏教』角川選書〔改版/一九八一・昭和五六年〕 一一五頁)
(注9)覚如の『口伝鈔』第一九章は、『歎異抄』第三段とおなじ内容の親鸞のことばを記して、そこでは、本願寺の聖人(親鸞)黒谷の先徳(法然)より御相承として」と冠している。