高明寺レポート
「解脱貞慶と悪人正機説」〔抜粋資料〕
解脱貞慶と悪人正機説---平雅行氏の研究
「『歎異抄』のこの著名な発言(*注--第三章の文)をどのように捉えるかは、長い間、中世思想史学研究の中心的課題の一つであり、家永三郎・田村圓澄・重松朋久・古田武彦・熊田健二氏らによって、活発な議論が展開されてきた。議論の焦点の一つは、右の発言と『教行信証』など親鸞の全思想体系との構造的連関を追求しようとするものであり、もう一つは、この思想の浄土教理史上での位置を確認しようとするものであった。」
(平雅行「解脱貞慶と悪人正機説」〔一九八七年〕/『日本中世の社会と仏教』塙書房〔一九九二年〕所収 二六六頁)
「とくに後者をめぐっては、法然や『後世物語聞書』などとの思想的異同が問題となり、そのなかで親鸞の思想を悪人正機説ではなく、悪人正因説と把握すべきではないか、との重要な見解も提起されている。」
(平雅行「解脱貞慶と悪人正機説」〔一九八七年〕/『日本中世の社会と仏教』塙書房〔一九九二年〕所収 二六六頁)
「こうした研究史を承けて、私も先年、一つの論文を公にした。(「中世的異端の歴史的意義」(『史林』六三巻三号、一九八〇年、改題の上、本署第Ⅳ論文として収録)」
「悪人正機説の問題に即して言うなら、そこでの主要な論点は以下の四点である。
1)悪人正機説では救済対象の傍正と、宗教的価値の優劣は常に逆転する。
それ故、悪人正機説と善人正因説は大衆蔑視という点で共通の価値観を有し、いずれも顕密仏教の浄土教観に立脚している。
2)親鸞の思想は、悪人正機説と信心正因説の重層的構造をなしている。
3)法然や親鸞は、悪人正機説の大衆蔑視観を克服しようとした。
4)『歎異抄』の悪人正因説は、信心正因説の修辞的逆説的表現であり、親鸞浄土教と思想的につながっている。 」
(平雅行「解脱貞慶と悪人正機説」〔一九八七年〕/『日本中世の社会と仏教』塙書房〔一九九二年〕所収 二六六~二六七頁)
〇親鸞の思想を悪人正機説ではなく、悪人正因説と把握すべきではないか、との重要な見解
(注2)重松明久「いわゆる悪人正機説の構造」(『日本浄土教成立過程の研究』)
平雅行氏は、「『歎異抄』の悪人正因説は、信心正因説の修辞的逆説的表現」であるといわれています(「解脱貞慶と悪人正機説」*注 --『日本中世の社会と仏教』塙書房〔一九九二年〕所収 二六六~二六七頁)が、この指摘は的確だと思います。
「現在においてもなお、親鸞の思想を悪人正機説と捉えるのが通説であることも事実である。」 (平雅行「解脱貞慶と悪人正機説」〔一九八七年〕/『日本中世の社会と仏教』塙書房〔一九九二年〕所収 二六七頁)
「親鸞=悪人正機説論を批判しうる素材の探究と、議論のより一層の明確化が課せられている」 (平雅行「解脱貞慶と悪人正機説」〔一九八七年〕/『日本中世の社会と仏教』塙書房〔一九九二年〕所収 二六七頁)
「親鸞を悪人正機・悪人正因のいずれかで把握するかは、単なる親鸞論だけの闡提ではなく、鎌倉初期の民衆的課題をどこに設定するか、という問題と連動している」
(平雅行「解脱貞慶と悪人正機説」〔一九八七年〕/『日本中世の社会と仏教』塙書房〔一九九二年〕所収 二六七頁)
「この時期の思想的課題が、仏教から排除されていた民衆に仏教を開放することにあったと考えるのか、それとも仏教的相貌をまとった荘園制的支配イデオロギーによる民衆意識の呪縛を歴史的前提としつつ、そのイデオロギーの否定・克服にこそ民衆的課題があったと捉えるのか、このいずれの立場をとるかは、悪人正機・正因論と密接に絡んでいる。」
(平雅行「解脱貞慶と悪人正機説」〔一九八七年〕/『日本中世の社会と仏教』塙書房〔一九九二年〕所収 二六七頁)
平雅行氏は、浄土教系以外の文献にも「悪人正機」に関する史料があるとして、次のような文献をとりあげています。
まず、解脱上人といわれる、鎌倉初期に南都仏教復興の中心的存在として活躍した貞慶の『地蔵講式』です。
「最初の史料は、解脱貞慶の『地蔵講式』である。(……)著者の貞慶は周知のように、鎌倉初期、南都仏教復興の中心的存在として活躍した人物である。久寿二(一一五五)年藤原信西の第二子貞憲の子として生まれ、永万元年(一一六五)に出家受戒し、寿永元年(一一八二年)、唯摩会研学堅義を遂業し、文治二(一一八六)年には同講師を勤めている。ところが建久三年に遁世して興福寺から笠置寺に移り、その後は活発な著作活動を展開するとともに南都諸寺の興復に努力し、建暦三(一二一三)年二月に五十九歳で没した。」 (平雅行「解脱貞慶と悪人正機説」〔一九八七年〕/『日本中世の社会と仏教』塙書房〔一九九二年〕所収 二六八頁)
「その間、建久九年には和泉国司平宗信の流罪を要求する興福寺牒を執筆しているし、元久二(一二〇五)年十月には興福寺奏状を執筆して朝廷に専修念仏弾圧を要請し、建永の法難のきっかけをつくっている。」
(平雅行「解脱貞慶と悪人正機説」〔一九八七年〕/『日本中世の社会と仏教』塙書房〔一九九二年〕所収 二六八頁)
「その概要は「煩悩が深く作善の弱い我々は、極楽や兜率天への往生が困難なため、悪趣救生・濁世施化にすぐれた地蔵菩薩を専ら信仰すべきだ」と勧めるものである。そして問題の記事は第二段の「濁世引接」の項にみえる。ここで貞慶は、『大乗大集地蔵十輪経』を引用して、地蔵菩薩が五濁悪時・無仏世界の衆生を済度すると述べつつ、次のように語る。
釈迦と弥勒の二仏の中間に生まれた我々の悲しみを救ってくれるのは、地蔵菩薩だけである。(中略)
と述べて貞慶は、
利益之新世也、末代殆過上代、感応の満眼也、悪人還超善人
と語っている。つまり上代よりも末代のほうが地蔵菩薩の利益があり、善人よりも悪人の方が霊験が顕著だと言うのである。
注意すべきは、上代-末代と善人-悪人が対句になっている事実である。上代-末代の価値関係については当然、上代を勝、末代を劣と考えているだろうから、善人-悪人についても、善人を勝、悪人を劣と捉えていると見てよかろう。」
(平雅行「解脱貞慶と悪人正機説」〔一九八七年〕/『日本中世の社会と仏教』塙書房〔一九九二年〕所収 二六八~二六九頁)
「整理すれば次のようになる。
地蔵の利益は上代(一次的価値)よりも末代(二次的価値)の方が顕著
地蔵の利益は善人(一次的価値体)よりも悪人(二次的価値体)の方が顕著
ではなぜ、価値の劣った末代や悪人の方が、利益が顕著なのか。この点、示唆的なのは法然の弟子・勢観房源智慧の次の発言である。
弥陀本願以自力 可離生死 有方便善人ノ為ニヲコシ給ハス、哀極重悪人無他方便輩、 ヲコシ給ヘリ(訓点、返点、原文のママ *確認のうえ修正のこと)」