高明寺レポート
原始・初期経典の罪と罰
第二節 原始・・初期経典にみる「罪」と「罰」
〇『ダンマ・パダ』(パーリ経典)
〇『スッタ・ニパータ』(パーリ経典)
〇『アングッタラ・ニカーヤ(増支部)』(パーリ経典)
〇『サンユッタ・ニカーヤ(相応部)』(パーリ経典)
〇『増一阿含』(漢訳経典)
〇『有部毘奈耶雑事』(漢訳経典)
〇『雑宝蔵経』(漢訳経典)
前節では、日本に伝来した仏教の「裁き」の思想について見ました。では仏教の本家である、インドにおいてはどうだったのでしょう。
インドにはそういう考え方はなかったのでしょうか。あるいは、インド思想にはあっても、仏教はそれを受け入れなかったのでしょうか。
事実はそうではありません。
「地獄」の思想は、仏教の最古の経典のひとつとみなされている『ダンマ・パダ』や『スッタ・ニパータ』の中にも、説かれています。
たとえば岩本裕氏は、その著『極楽と地獄』(三一書房〔一九六五年〕)の中で、「仏典においても、すでに早くから、
地獄の思想が導入されて、善因善果・悪因悪果の業報思想の中に中に包括された。」(注1)と指適されています。
たとえば岩本裕氏は、その著『極楽と地獄』(三一書房〔一九六五年〕)の中で、「仏典においても、すでに早くから、
地獄の思想が導入されて、善因善果・悪因悪果の業報思想の中に中に包括された。」(注1)と指適されています。
その例を示しましょう。仏典の中でも最も初期に成立したと考えられている『ダンマ=パダ』(漢訳『法句経』)の第三〇六詩に、
嘘を言う人は地獄(ニラヤ)に墜ちる。また自分が実際にやっておきながら「わたしは やらない」という人も同じである。
両者ともに行為の卑劣な者であり、死後には同じ来世をたどるのだ。
と記されています。
また 同じく第三〇七詩には、
多くの人々は法衣を肩にまとうていても、悪い行為をして節制がないならば、このような人々はその悪い行為のために地獄に生まれよう。
と記されています。
嘘を言う人は地獄(ニラヤ)に墜ちる。また自分が実際にやっておきながら「わたしは やらない」という人も同じである。
両者ともに行為の卑劣な者であり、死後には同じ来世をたどるのだ。
と記されています。
また 同じく第三〇七詩には、
多くの人々は法衣を肩にまとうていても、悪い行為をして節制がないならば、このような人々はその悪い行為のために地獄に生まれよう。
と記されています。
『スッタ=ニパータ(経集)』は、『ダンマ・パダ』と並ぶ最初期の経典の一つですが、そこには地獄に関する詳細な記述が見られ、
十の地獄名があげられています。
十の地獄名があげられています。
第三篇・第十章「コーカーリヤ」に記述される、その地獄の名を見てみましょう。
〇『スッタ=ニパータ(経集)』「コーカーリヤ章」に記述される地獄名
1)アッブダ地獄
地獄の寿命 二十カーリカ(荷車一両分)の胡麻粒の数かける百年よりも長い。
2)ニラッブダ地獄 寿命 アッブダ地獄の二十倍。
3)アババ地獄 寿命 前の地獄の二十倍。
4)アハハ地獄 寿命 前の地獄の二十倍。
5)アタタ地獄 寿命 前の地獄の二十倍。
6)クムダ(黄蓮)地獄 寿命 前の地獄の二十倍。
7)ソーガンディカ(白色の睡蓮)地獄 前の地獄の二十倍。
8)ウッパラカ(青蓮)地獄 前の地獄の二十倍。
9)プンダリーカ(白蓮)地獄 前の地獄の二十倍。
10)パドゥマ(紅蓮)地獄 前の地獄の二十倍。
地獄での寿命、すなわち地獄で責め苦に遭う期間の長さは、アッブダ地獄では、
「二十カーリカ(荷車一両分)の胡麻粒を百年にひと粒づつ取り出して尽くしても、まだアッブダ地獄の寿命よりも少ない」
と表現されていますから、荷車一両分の胡麻粒の数が仮に一億とすれは、
一億かける百年以上、かりに百億とすれば百億かける百年以上、ということになります。途方もない長さす。
また「アッブダ」と「ニラッブダ」は非常に大きな数の単位であり、
「アババ」「アハハ」「アタタ」は苦悩の声に基づく擬声語に由来するものだそうです。
あとの五つは蓮の種類による命名ですが、岩本氏は「これらの名はヒンドゥー教の伝承とも関係がなく、
しかも後世における仏教の地獄名にのこされているので、仏教徒の独自の発想である」(注2)と言われています。
『スッタ=ニパータ』「コーカーリヤ章」の詩篇のなかから、興味ぶかいものをいくつかとりあげましょう。
〔第八詩〕「口ぎたなく、不実で、卑しい者よ。この世に存在する者を害(そこな)い、邪悪で、悪行をなす者よ。
下品で、不良で、できそこないよ。この世であまりおしゃべりするな。おまえは地獄に墜ちゆく者だ。」
〔第九詩〕「おまえは塵をまいて不利を招き、善人を害(そこな)って罪をつくり、また多くの悪事をはたらいて、まことに長い間、深い穴(地獄)に落ちるのだ。」
〔第十詩〕「まこと、いかなる人の業も消滅することはない。それは必ず戻ってきて、業をつくった主がそれを得るのだ。
愚かな人は他人を害(そこな)って、来世においてみずから苦悩する。」
〔第十一詩〕「〔地獄に墜ちた者は〕鉄の串をうちこまれるところに近づき、鋭い刃をもつ鉄の槍に遭う。
しかも、さらに、灼熱した鉄塊に似たものを、〔前世の業に〕ふさわしい食物として食うのだ。」
〔第十二詩〕「〔地獄の獄卒どもはむごい言葉を〕語って、やさしい言葉をかけず、慰めてくれず、庇護もしてくれない。
〔地獄に墜ちた者どもは〕拡げられた炭火の上に坐り、燃えさかる火炎の中にはいるのだ。」
〔第二十詩〕「他人を害(そこな)った人が受ける〔地獄の〕生活は、実にこのように悲惨である。したがって、この世において余生のある間に、
人は為すべきことをなして、いたずらに一生を終わってはならない。」
「コーカーリヤ章」の内容の中心は、修行僧コーカーリヤがブッダの高弟のサーリプッタ(舎利弗)とモッガラーナ(目連)の二人を
中傷したことによって地獄に墜ちたという話で、彼が墜ちたとされる地獄は、一番罪の深い者が墜ちる紅蓮地獄です。
岩本氏のご教示によれば、このコーカーリヤの物語は、初期の仏教教団でずいぶんもてはやされたもののようです。
各種の文献に種々のヴァリエイションを伴って、この物語が記されていることから、それが知られるということです(注3)。
中傷したことによって地獄に墜ちたという話で、彼が墜ちたとされる地獄は、一番罪の深い者が墜ちる紅蓮地獄です。
岩本氏のご教示によれば、このコーカーリヤの物語は、初期の仏教教団でずいぶんもてはやされたもののようです。
各種の文献に種々のヴァリエイションを伴って、この物語が記されていることから、それが知られるということです(注3)。
〇『アングッタラ・ニカーヤ(増支部)』
原始・初期の仏教においては、「現世の罪報」と「来世の罪報」の二つを考え、その二つをともに恐れるべきだとしています。
たとえば、原始仏教聖典の一つ『アングッタラ・ニカーヤ(増支部)』(パーリ経典*漢訳では『増一阿含経』にあたります)(.1.Vol.1,pp.47-48)には、
たとえば、原始仏教聖典の一つ『アングッタラ・ニカーヤ(増支部)』(パーリ経典*漢訳では『増一阿含経』にあたります)(.1.Vol.1,pp.47-48)には、
「われわれは現世の罪報を恐れるべきである。われわれは来世の罪報を恐れるべきである。
われわれは罪報を恐れ、罪報において恐れを見る習性をつくるべきである。それによって人は、一切の罪報から解放されることを期待することができる」
われわれは罪報を恐れ、罪報において恐れを見る習性をつくるべきである。それによって人は、一切の罪報から解放されることを期待することができる」
と説かれています。
またここにいう「現世の罪報」(ディッタダンミカム・ヴァッジャム)とは、「他人のものを盗んだりしたために王から受ける刑罰など」であり、
「来世の罪報」(サンパラーイカム・ヴァッジャム)とは、「身体による悪行、ことばによる悪行、意による悪行の報いとして、
来世に悪しき所、地獄に堕ちる悪報」であると説明されています(注4)。
またここにいう「現世の罪報」(ディッタダンミカム・ヴァッジャム)とは、「他人のものを盗んだりしたために王から受ける刑罰など」であり、
「来世の罪報」(サンパラーイカム・ヴァッジャム)とは、「身体による悪行、ことばによる悪行、意による悪行の報いとして、
来世に悪しき所、地獄に堕ちる悪報」であると説明されています(注4)。
〇『サンユッタ・ニカーヤ(相応部)』
『サンユッタ・ニカーヤ(相応部)』(パーリ経典*漢訳では『雑阿含経典』に対応します。)〔三・三・一〕は、
「世の中には四種類の人がいる」として、次のように説いています。
「四種類とは何か。闇から闇へ向かって行く者、闇から光へ向かって行く者、光から闇へ向かって行く者、光から光へ向かって行く者(の四種類)である。」
その中の闇から闇へ向かって行く者とは、「(現世でみじめな境涯をすごしている者が)身体を動かして悪いことをし、
口に悪いことばを語り、心に悪い思いをいだく。身体と口と心とで(このように)悪行を行った彼は、
肉体が滅んだ死後、苦悩・災いの世界、不幸な状態、煉獄(悪趣)に生まれる。(……)
闇から闇へ向かって行く者とは、このような人である。」と説明されます(注5)。
また光から闇へ向かって行く者とは、「(現世で恵まれた境涯をすごしている者が)身体を動かして悪いことをし、
口に悪いことばを語り、心に悪い思いをいだく。身体と口と心とで(このように)悪行を行った彼は、肉体が滅んだ死後、
苦悩・災いの世界、不幸な状態、煉獄(悪趣)に生まれる。(……)光から闇へ向かって行く者とは、このような人である。」とされています。
「闇」とは「みじめで不幸な境遇」あるいは「煉獄(悪趣)」をさし、「光」は「恵まれた幸福な境遇」あるいは「天上界」をさしています。
このような非常に単純な表現で、「善因善果」「悪因悪果」を説き、
悪行の果として死後に悪趣(地獄・餓鬼・畜生・修羅)に生まれることを説いているのです。
口に悪いことばを語り、心に悪い思いをいだく。身体と口と心とで(このように)悪行を行った彼は、
肉体が滅んだ死後、苦悩・災いの世界、不幸な状態、煉獄(悪趣)に生まれる。(……)
闇から闇へ向かって行く者とは、このような人である。」と説明されます(注5)。
また光から闇へ向かって行く者とは、「(現世で恵まれた境涯をすごしている者が)身体を動かして悪いことをし、
口に悪いことばを語り、心に悪い思いをいだく。身体と口と心とで(このように)悪行を行った彼は、肉体が滅んだ死後、
苦悩・災いの世界、不幸な状態、煉獄(悪趣)に生まれる。(……)光から闇へ向かって行く者とは、このような人である。」とされています。
「闇」とは「みじめで不幸な境遇」あるいは「煉獄(悪趣)」をさし、「光」は「恵まれた幸福な境遇」あるいは「天上界」をさしています。
このような非常に単純な表現で、「善因善果」「悪因悪果」を説き、
悪行の果として死後に悪趣(地獄・餓鬼・畜生・修羅)に生まれることを説いているのです。
〇『増一阿含経』
また漢訳『増一阿含経』〔二四〕は、「善因善果」「悪因悪果」の果として、六趣のそれぞれをあげています。
「是の如く我聞く。一時仏は舎衛城に遊行して、祇園精舎に在せり。その時世尊は諸比丘に告げたもう。」
といって、世尊が天眼をもって見た衆生の姿が語られます。
「もしまた衆生あり。身に善を行い、口に善を行い、意(こころ)に善を行いて、賢聖を誹謗せず、正見の法を行わば、
身壊れ、命終わりて、善趣たる天上に生ず。これを衆生善を行うと名づく。
もしまた衆生あり。この善法を行いて悪行を造らずんば、身壊れ、命終わりて、人中に来たり生ず。もしまた衆生あり。
身・口・意に悪を行じ、不善行を造らば、命終わりて後、餓鬼中に生ず。あるいはまた衆生あり。
身・口・意に悪を行じ、賢聖を誹謗し、邪見と相応せば、命終わりて後、畜生中に生ず。あるいはまた衆生あり。
身・口・意に悪を行じ、不善行を造り、賢聖を誹謗せば、命終わりて後、地獄中に生ず。」
さらにこの時、獄卒はこの罪人を将(ひき)いて閻魔王に示し、こう言います。
「大王、まさに知るべし。この人前世にて、身・口・意に悪を行じて諸悪行を作(な)し、すでにこの地獄中に生ぜり。
大王、まさに観ずべし。この人を何の罪をもって懲治せんや」と。
「この時、閻魔王ようやく彼の人に私(ひそか)にその罪を問い、告げていわく、云何(いかん)、男子よ、汝前世にて人身たりし時、
汝自ら生法の要行を知らざりしや。即ち身・口・意法に諸の善行を修むべきことを知らざりしや。」
ここに「生法の要行」という言葉が使われています。これはまさに「人の生きるべき道」であり、倫理をあらわす表現でしょう。
「是の如く我聞く。一時仏は舎衛城に遊行して、祇園精舎に在せり。その時世尊は諸比丘に告げたもう。」
といって、世尊が天眼をもって見た衆生の姿が語られます。
「もしまた衆生あり。身に善を行い、口に善を行い、意(こころ)に善を行いて、賢聖を誹謗せず、正見の法を行わば、
身壊れ、命終わりて、善趣たる天上に生ず。これを衆生善を行うと名づく。
もしまた衆生あり。この善法を行いて悪行を造らずんば、身壊れ、命終わりて、人中に来たり生ず。もしまた衆生あり。
身・口・意に悪を行じ、不善行を造らば、命終わりて後、餓鬼中に生ず。あるいはまた衆生あり。
身・口・意に悪を行じ、賢聖を誹謗し、邪見と相応せば、命終わりて後、畜生中に生ず。あるいはまた衆生あり。
身・口・意に悪を行じ、不善行を造り、賢聖を誹謗せば、命終わりて後、地獄中に生ず。」
さらにこの時、獄卒はこの罪人を将(ひき)いて閻魔王に示し、こう言います。
「大王、まさに知るべし。この人前世にて、身・口・意に悪を行じて諸悪行を作(な)し、すでにこの地獄中に生ぜり。
大王、まさに観ずべし。この人を何の罪をもって懲治せんや」と。
「この時、閻魔王ようやく彼の人に私(ひそか)にその罪を問い、告げていわく、云何(いかん)、男子よ、汝前世にて人身たりし時、
汝自ら生法の要行を知らざりしや。即ち身・口・意法に諸の善行を修むべきことを知らざりしや。」
ここに「生法の要行」という言葉が使われています。これはまさに「人の生きるべき道」であり、倫理をあらわす表現でしょう。
罪人は言います。
「かくの如し。大王よ、ただ愚惑にして、善行を別たざりき(そうなんです。
わたしは愚か者で惑っていたので、何が善行なのか分からなかったんです)。」
「かくの如し。大王よ、ただ愚惑にして、善行を別たざりき(そうなんです。
わたしは愚か者で惑っていたので、何が善行なのか分からなかったんです)。」
「閻魔王いわく。卿(なんじ)の所説のごとし。卿(なんじ)は身・口・意の善行を作(な)さずして、
以て今日を致せり。当に汝が放逸の罪行を究むべし。これ父母の為せしに非ず、また国王大臣の所為(しょい)にも非ず。
本(もと)自ら罪を作り、今日報を受けしなり、と。この時、閻魔王まずその罪を問い、勅してこれを懲治せしむ。」(注6)
以て今日を致せり。当に汝が放逸の罪行を究むべし。これ父母の為せしに非ず、また国王大臣の所為(しょい)にも非ず。
本(もと)自ら罪を作り、今日報を受けしなり、と。この時、閻魔王まずその罪を問い、勅してこれを懲治せしむ。」(注6)
〇 『有部毘奈耶雑事』(漢訳経典)
また『有部毘奈耶雑事』第十七には、紿孤独長者が祇園精舎をブッダに寄進したのち、絵があれば一層壮麗であると考え、
ブッダに許しを求めると、「浴室に地獄変(*地獄の様子を表した絵画)を描け」と語ったという所伝があります。
ブッダに許しを求めると、「浴室に地獄変(*地獄の様子を表した絵画)を描け」と語ったという所伝があります。
これはかなり後代の所伝であり、ブッダの時代に絵画を描くことが行われたとは考えれないので、
そのまま信用するわけにはいかないと言われます(注7)。
ただ、こういう伝承がなされているということは、初期仏教教団のなかで「地獄」(あるいは地獄の裁き)に対する関心が、
浅いものではなかったという、事実を示しています。
そのまま信用するわけにはいかないと言われます(注7)。
ただ、こういう伝承がなされているということは、初期仏教教団のなかで「地獄」(あるいは地獄の裁き)に対する関心が、
浅いものではなかったという、事実を示しています。
●『雑宝蔵経』(漢訳経典)
漢訳『雑宝蔵経』の「棄老国縁」も、仏典物語として有名なものですが、こういう話が説かれています。
「昔、棄老(老人を棄てる)という国があった。この国中の老人は皆、遠くに捨てられた。一人の大臣があった。
かれの父も年老いたので国法によって捨てられねばならなかったが、かれは孝心厚く、捨てるに忍びず、
地を深く掘って密室をつくり、父をそこに隠して孝養をつづけていた。」
ある時、天神がその国に現れて、自分のいう質問に答えられなければ国を滅ぼすという。
誰も答えられないので、大臣が密かに匿っていた自分の父親に尋ねます。その答えとして、大臣の父が語る真理です。
「欲深く、嫉妬深い者、父母や先生、目上の人を尊敬しない者、仏・法・僧の三宝を信じない者は、飢鬼に堕ちる。」
「父母に孝をつくさず、先生や目上の人に逆らい害し、天主にそむき、仏・法・僧の三尊を謗る者は、来世には、
(手足を鎖でしばられ、体中から火を出して焦げただれている)そのような者の百千万倍の姿となって現れる」(注8)
かれの父も年老いたので国法によって捨てられねばならなかったが、かれは孝心厚く、捨てるに忍びず、
地を深く掘って密室をつくり、父をそこに隠して孝養をつづけていた。」
ある時、天神がその国に現れて、自分のいう質問に答えられなければ国を滅ぼすという。
誰も答えられないので、大臣が密かに匿っていた自分の父親に尋ねます。その答えとして、大臣の父が語る真理です。
「欲深く、嫉妬深い者、父母や先生、目上の人を尊敬しない者、仏・法・僧の三宝を信じない者は、飢鬼に堕ちる。」
「父母に孝をつくさず、先生や目上の人に逆らい害し、天主にそむき、仏・法・僧の三尊を謗る者は、来世には、
(手足を鎖でしばられ、体中から火を出して焦げただれている)そのような者の百千万倍の姿となって現れる」(注8)
注
(注1)岩本裕『極楽と地獄』三一書房〔一九六五年〕一六八頁
(注2)岩本裕『極楽と地獄』三一書房〔一九六五年〕一七二頁
(注3)岩本裕『極楽と地獄』三一書房〔一九六五年〕一七五頁)
(注4)中村元「悪」/仏教思想研究会編『仏教思想2 悪』平楽寺書店〔一九七六年〕所収 一九頁
(注5)長尾雅人・責任編集『バラモン教・原始仏教』世界の名著1・中央公論社〔昭和五四年/一九七九年〕四四四頁
(注6)『増一阿含経』〔二四・地獄〕/東京帝大仏教青年会編修『仏教聖典』〔昭和九年/一九三四年〕七〇~七四頁*かなづかい等について、一部現代風に直しました。
(注7)岩本裕『極楽と地獄』三一書房〔一九六五年〕一五八頁)
(注8)『雑宝蔵経』巻第一の第四話「棄老国縁」(大正蔵、四巻四四九頁上-四五〇頁上)・(宮坂宥勝「老人の知恵」/『大法輪』昭和六十年七月号 九六頁)
参考
「同じく最初の経典の一つである『スッタ=ニパータ』(経集)には、地獄に関する詳細な記述が見られる。
すなわち、第三篇の第十章の「コーカーリヤ」で、修行僧コーカーリヤがブッダの高弟のサーリプッタ(舎利弗)とモッガラーナ(目連)の二人を中傷したことによって地獄に墜ちたという説話である。」
(岩本裕『極楽と地獄』三一書房〔一九六五年〕一六九頁)
「彼はサーリプッタ(舎利弗)とモッガラーナ(目連)とを憎んだために、死んでから紅蓮地獄に生まれた。」
(岩本裕『極楽と地獄』三一書房〔一九六五年〕一七〇頁)
(岩本裕『極楽と地獄』三一書房〔一九六五年〕一七〇頁)
(注 岩本 「ここでは地獄での寿命すなわち地獄で責め苦に遭う期間の長さが説かれ、十地獄の名が記され手いるのであるが、地獄の描写もなく、また地獄名も最初の二つが非常に大きな数の単位による命名であり、次の三つは苦悩の声に基づく擬声語に由来し、あとの五つは蓮の種類による命名で、そのような命名がどのような背景をもつか、まったく不明である。しかも、これらの名はヒンドゥー教の伝承とも関係がなく、しかも後世における仏教の地獄名にのこされているので、仏教徒の独自の発想であることが注意される。」 (岩本裕『極楽と地獄』三一書房〔一九六五年〕一七二頁)
「このコーカーリヤの物語は初期の仏教教団でもてはやされたことが各種の文献に種々のヴァリエイションを伴うて記されていることから知られる」
(岩本裕『極楽と地獄』三一書房〔一九六五年〕一七五頁)
(岩本裕『極楽と地獄』三一書房〔一九六五年〕一七五頁)
「『有部毘奈耶雑事』第十七を見ると、紿孤独長者が祇園精舎をブッダに寄進したのち、絵があれば一層壮麗であると考え、ブッダに許しを求めると、「浴室に地獄変(*地獄の様子を表した絵画)を描け」と語ったという所伝がある。しかし、これはかなり後代の所伝であり、またブッダの時代に絵画を描くことが行われたとは考えれないので、そのまま信用するわけにはいかない。」 (岩本裕『極楽と地獄』三一書房〔一九六五年〕一五八頁)
〇原始仏教/出典・略語表
増谷文雄訳『阿含経典』〔一九七九年〕筑摩書房による
1.パンチャ・ニカーヤ(P.N)『パーリ五部』 漢訳・『四阿含』
ディーガ・ニカーヤ(D.N)『長部経典』漢訳・『長阿含』
マッジマ・ニカーヤ(M.N)『中部経典』漢訳・『中阿含』
サムユッタ・ニカーヤ(S.N)『相応部経典』漢訳・『雑阿含』
アングッタラ・ニカーヤ(A.N)『増支部経典』漢訳・『増一阿含』
クッダカ・ニカーヤ(K.N)『小部経典』漢訳・『四阿含』にはない。『四分律』『五分律』の「雑蔵」に当たる。